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あぁ、こいつはかなりやられてんな。と哀れな目で見て、大村は恭太に顔を近づける。
「いいか? お前はこの先、全国のコンテストでトップを獲る。そんで、新しい商品開発の為にここを移動する。そして店舗も任される職人になる。それが田舎の母親への親孝行だろ?」
恭太は田舎に住む母を残して上京してきた。
「ここを離れるなんて嫌です。俺はずっと志乃さんと旦那さんの傍で働きたい」
「おいおいおい……」
「だから決着を着けないとダメなんですよね」
おにぎりに勢いよくかぶりついて、決意の滲んだ目をする。
「決着って何をするんだよ?」
「会いに行きます」
「……は?」
「綾波哲也に会いに行きます」
「それはやめとけ」
大村は恭太の言葉を遮るように止めた。
「そんな事したら志乃さんもお前もいい方向にはいかねえ。仮にお前の子供としたって、志乃さんはきっとあっちで育てるつもりなんだろう?」
彼女はそういう女性だ。大村は知っている。幼少期より本場のやり方をたたきこまれ、姉の優華とのやり取りも目の前で見てきた。気の強さは知っている。
「それが間違ってるんですよ。真実じゃないから」
「真実を明らかにして良い事と悪い事がある。子供が幸せになるんならいいだろう? だいたい、探っといて違ったらどうするんだよ? 恥さらしはやめとけ」
「違ったら全身全霊で謝罪するまでですよ」
店員が持ってきてくれた温かいほうじ茶を飲んで、恭太はほっと一息つきながらそう言った。
いつもの彼らしくなく自分の意見を通す姿に大村は舌を巻いた。普段我を通さない人間が一度こうなったら、厄介だ。
「……ホントに言う事を聞かない奴だよなあ」
ため息をつくと、大村は髪をかきあげた。
「綾波哲也という人がどんな人なのかも知りたいんです。志乃さんの事を本当に大切に思っているのかどうか」
「俺は賛成はしねぇぞ」
大村は会計を済ませると、恭太を無理やり連れて外へ出た。酒のせいで熱のこもった体に新鮮な空気が入る。
倉持はどうやら完全に忘れ追い詰められているようだ。さて、どうしようか。大村は深く息を吸い込んだ。
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