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七菜は保育園で元気を取り戻していた。いつも通りにお遊戯をして、ご飯を食べるようになったと園長先生から連絡をもらい、莉子は安堵したのだった。 天沢は、ピアノトレーニングと言っては七菜と一緒に弾きたがった。娘も嬉しいようで、彼の膝の上にちょこんと乗って、笑顔を見せるようになっていた。 「七菜ちゃんといると楽しいよ」と言って、彼はホテルの滞在期間を伸ばしたんだと辰樹マネージャーから聞いて、莉子は、ほわんと心が温かくなる。 この気持ちはなんだろう? 「莉子は天沢さんと仲良くなれていいよね」 涼子がからかうように言う。 「仲が良いのは娘の七菜だもの」 莉子は少し不貞腐れたように言うと、涼子は大笑いした。 「七菜ちゃん、最高! もうすでに男前をゲットしたのか!」 「そうよー。二人でピアノ弾いてる姿みるとなんていうか……入れない世界よ」 「ヤバい。おもしろい」 しかし本当に二人はいつも笑顔でピアノを弾いている。「きちんと先生に習おうかと思って、今さがしてるんです」と言うと、「俺がいる間は俺が教えてあげるから、いいよ。七菜ちゃんはとても飲み込みが早くてピアノに向いてるよ」と爽やかに返された。 そうか、我が子はピアノを弾くのに向いているのか。そう言われて悪い気はしない。莉子も自然と笑顔になった。 そんな彼に、少しでも感謝を伝えたくて、食事をしましょうと誘ったのは、少し前の事だった。今日の仕事が終わり次第、莉子行きつけのお店であるラーメン屋に天沢を連れて行く予定だ。 いったい、どんな姿で麺をすするのだろうか? ニンニクの入った餃子を食べたりするんだろうか? 想像出来なくて早くその姿を見たいと思った。 「清川さん」 ラーメン屋の前で待っていると、横から声をかけられる。来たようだ。 「お疲れ様。今日も忙しかったんじゃないの?」 彼はジーンズ姿に少し柄の入ったセーター。カジュアルだった。そんな服も持っているんだ? と内心突っ込みつつ、莉子は笑顔で答える。 「そうですね。金曜日ですし、お客様は多かったです。でも、もうすぐするとクリスマスがあるので……一番忙しくなるのはこれからなんですよ」 「そっかあ。クリスマスは大変だろうな」 「ええ。タクシーですら捕まえられなくなりますから」 数年前、ゲストにタクシーを呼んでくれと言われて、「分かりました!」と、安請け合いをして後悔した記憶がある。
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