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ホテルの仕事は緩急が激しい。夕方はチェックインするゲストでひしめくからベルパーソンの手は多ければ多いほどいい。
自分はそんな時間に子供を迎えに行かなければならない。それがとてももどかしかった。
「ごめん。ありがとう、涼子」
優しい言葉をくれる同期に笑顔を見せた。
エントランスの美しい自動扉が開いた。
ドアマンに会釈して、よそ行きの身なりをした女性二人が入ってくる。
「私、いくわ」
告げて、莉子は黒のローヒールを前に進めて2人に声をかける。
「いらっしゃいませ。本日はお食事でしょうか?」
50代半ばくらいだろうか。女性二人はそれまで話し込んでいた顔を莉子に向けた。そして、「お茶でもしたいと思ってね」と答えたのだった。
「そちらにロビーラウンジがございますが、あちらから上がっていただいて二階にはケーキのビュッフェスタイルの【マーメイド】がございます。宜しければご案内いたしますが?」
「まあ、ビュッフェだってぇ、そちらにしようかしら?」
「そうね。この歳で体重なんて気にしてらんないもんね。ふふふ」
「では、こちらへどうぞ」
莉子は手馴れた様子で二人をエレベーターにのせて案内する。ずっと勤めていると、時間帯やゲストの身なりで大体どんな目的でやって来たのか見抜けるようになっていた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
綺麗に頭を下げて2人が入店するのを見送る。マーメイドは青と白に基調されたレストランだ。大きな窓からは眺望が美しく映えている。
「あ、清川さん! 今日勤務だったんだね」
声をかけてきたのは、同期の狩野だった。彼は料飲部門なので、普段はあまり顔を合わせる事が少ない。研修で一緒になり、喋ったのをきっかけにたまに情報交換をする仲になっていた。
黒髪を少し後ろに流して、切れ長の瞳。相変わらずいい男だ。
「聞いたよ、離婚したんだって?」
「した。誰からきいたの?」
「みんな知ってるよ。一時期噂の的だったもん。老舗に嫁いでここを辞めたのにって」
「仕事中だからまた今度ね」
切り上げて下の階へ戻ろうとする莉子を狩野は引き止めた。
「また飲みに行こうよ」
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