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6
その日は、凸凹したアスファルトに水溜まりができるほどの雨が降っていた。僕は緑のジャケットの上にカッパを着て、いつも通り横断歩道の横に立って子供たちを誘導していた。相変わらず元気な子は「おはようございます!」と大声で挨拶してくれた。子供から湧き出る気力は、晴れの日も雨の日も関係ないのかもしれないと思いながら僕は旗振りをしていた。
そろそろ登校時間も終わり、僕も終わりの時間が来たから引き上げようとした。
そのときだった。一人の子供が横断歩道の端にいた僕の脇を走り抜けていった。もうすぐチャイムが鳴る時間だから、慌てていたのかもしれない。
ヴァー!! だったか、ヴゥー!! だったか。もう僕には覚えがない。ただ、それが車のクラクションであること、ヘッドライトが眩しいくらいに横断歩道を照りつけていたことはたしかだった。
咄嗟だった。僕は全速力でその子供の方へ駆け寄り、びっくりして横断歩道の真ん中で立ち止まってしまった子供を、思い切り突き飛ばした。
それからまもなくして、一瞬、僕は空を飛ぶことができた。しかしそれは、本当に一瞬だった。
地に着いたときには、すでに全身が激痛に襲われていた。
曇天が僕の目の前にあった。そして聞こえてくるのは降り止まぬ雨の音だった。サーっと、この世のあらゆる汚れを洗い流し、浄化してくれるような、清々しい音だった。
それから、「大丈夫ですか!」と慌てるような声がした。しかし僕の意識はもはや朦朧としていた。だんだんと曇天が目の前から立ち去っていき、果てしない闇が僕を覆い尽くそうとしている状態になっていた。
終わり。これは確実に、終わりを示す合図だった。
僕の人生は、果たしてバッドエンドだったのだろうか。
「おじさん!」
子供の声がした。おそらく僕が突き飛ばした子供だ。よかった、すぐに駆け寄れるということは、それほど怪我もしていないみたいだ。
「おじさん!」
どうしてか 、子供の声だけは鮮明に聞こえた。透き通った声で、一生懸命僕を呼ぶ声。よかった、君は生きている。
波の音が聞こえた。いつの日か、彼女と行った海だろうか。
笑い声が聞こえた。いつの日か、友人たちと行ったプールだろうか。
路上を走る車の音。父親が水族館までドライブに連れて行ってくれた記憶。
「おじさん」
僕の人生は、きっとハッピーエンドだったと思う。
「おじ」
少しでも誰かの役に立ててよかった。
「お」
そして音が聞こえなくなるそのとき、僕はわずかに口元を緩めることができた。
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