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 あるとき、僕はいつも通り朝の時間に散歩をしていて、緑のおじさんもいつも通り横断歩道の横に立ち、子供たちを安全に渡らせていた。ただ、いつもより時間が遅かったからか、もうほとんど生徒はおらず、緑のおじさんも退屈そうにしていた。  ふと、僕は話しかけてみたくなった。 「あの、すみません」 「あ、はい」  緑のおじさんが僕の方を振り向いた。やはり僕が子供の頃よりも老けている。 「おじさん、昔からずっと旗振りしていますよね」 「ええ、そうですね」 「僕は昔からこの辺に住んでいて、小学校の頃からおじさんのことは知っていたんですよ」 「ああ、そうなんですね」  緑のおじさんは少々困惑した様子だったが、僕は話を続けた。 「僕が小さい頃からって考えると、少なくとも二十年くらいは旗振りをやっているんですよね? いや、すごいなあって思って」  僕は具体的な話がしたいわけではなかった。ただ、ずっと子供のために行動し続けるおじさんを「すごい」と思ったから、その想いを伝えたい一心だった。そんな衝動的な僕の行動を、緑のおじさんは戸惑いながらも「ありがとうございます」と優しい笑みと共に受け止めてくれた。 「そうですね、かれこれ三十年ほどやっていますね」 「三十年ですか? 僕が生まれる前からやっていたんですね」 「そう、なるのですかね」  それから緑のおじさんは「この街が常に穏やかであってほしいので」と柔らかい口調で言った。三十年もの間、緑のおじさんは子供たちの安全を守っている。この手の仕事はボランティアがほとんどだから、決してお金目的でもない。  純粋に子供が好きなのか、それとも他に理由があるのだろうか。 「あの、変な質問ですが」  僕は前置きをしてから訊いた。 「どうして、三十年間ずっと旗振りをされているんですか?」  緑のおじさんは「ええ、そうですね」と言って、そのあとは考え込むようにしてしばらく遠くを眺めていた。それはまるで、過去を見つめているようにも見えた。 「罪滅ぼし、と言えばいいでしょうか」 「罪滅ぼし、ですか?」 「ええ。その言葉が一番しっくりきます」  それから緑のおじさんは時計を確認して、「もし、あなたの時間があるならお話しましょうか」と僕に言った。僕は迷わず「お願いします」と答えた。
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