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「おはようございます!」  一列に並んで、集団で登校してくる子供たちに、僕も「おはようございます」と返す。僕は緑色の帽子を被り、緑色のジャケットを羽織っている。隣にいる緑のおじさんと同じ格好だ。 「いいですね。とても声が出ています」 「ありがとうございます。なんか、小学生の頃を思い出しますね」  僕は子供たちを渡らせながら、かつて自分も大人によって安全に渡ることができていたのだと実感する。些細な存在かもしれないが、緑のおじさんが毎朝いてくれることは当たり前ではないのだ。 「どうですか、できそうですか?」  緑のおじさんが僕に尋ねる。試しに一週間やってみることになってから、今日でちょうど一週間が経つタイミングだった。ここで僕がやると言えば、正式に引き継がれることになるらしい。  僕は目線を下ろして自分の服装を見る。緑のおじさんはすっかりおじいさんになってしまったが、これからは僕が緑のおじさんになる。どこか物足らなかった人生に、わずかだが花を咲かせることができる気がした。 「はい。できます」  緑のおじさんは「それは、よかったです」と言って、安堵の息をついた。  それから月曜日から金曜日の朝は、僕が緑のおじさんとして旗振りをすることになった。若いのにボランティア精神があっていいですね、と近所からは褒められた。子供たちからも嫌われることなく、僕が挨拶すると大概の子供は返してくれた。自ら積極的に挨拶してくれる子もいて、「おじさんおはよう!」と言ってくれる子供がいると、胸の奥が暖かくなった。  生きがい、というのは大袈裟かもしれないが、僕は久々に人間の温もりを感じることができていた。一人で仕事をすることが多く、なかなか人と接する機会がないから、僕はいつの間にか空虚な人間に構築されていた。子供たちの声は、そんな僕に少しずつ人間らしさを取り戻してくれた。もちろん、仕事の都合もあるからいつまでできるのかは不透明だ。ただ、できることならこの任務を全うしたいと心から願った。
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