第一章 あなたに似てる人

6/11
前へ
/72ページ
次へ
06  だが藤崎はこの店を一人で切り回している。個人でできることは限られていたが、催事の際は友人が臨時でバイトに入ってくれたのでなんとか凌いできた。それでも日々の売り上げは経費を下回ってきている。  近くの顧客が大手に取られてしまったとしても、少し離れたところなら配達でカバーできるが、致命的なことに運転免許を持っていない。それだけでも店の経営には大きく影響し、このままでは店を閉める形になってしまうだろう。 (肩が痛い……)  椅子に座りうつむき加減で制作していると、ものの数分で背中から肩の筋肉が硬くなる。藤崎は立ち上がり細い腕を伸ばし筋肉をほぐすと、パキパキと背中の筋の音が聞こえた。花屋には付きものの手荒れは一年中治ることはない。特に今の寒い時期はどうしても傷口が痛む。赤切れなどの切り傷にはアロンアルファがいいという。まさかといわれたが、傷口を手っ取り早く塞ぐには一番いい方法だ。表面はザラザラしたままなので、子供の頬や柔肌には触れられないだろう。  藤崎は作業台のストックの花を手にし、ハサミを握ったところで指への鋭い痛みに動きを止めた。 「……っい」  人差し指の第二関節部分が赤くなっている。乾燥してしまった肌が引き攣らせパックリと割れたのだ。今日は珍しくハンドクリームを塗り直すのを忘れていた。手のケアは大事だが、仕事が多くて気を配ってはいられない。だから藤崎の指先はいつもバンドエイドと赤い傷が絶えなかった。  ペン立ての脇に刺さっているアロンアルファを手に取った。人差し指からは血が滲んでいて、ティッシュで指を押さえ血が付かなくなったのを確認してから、傷口にそれを流し込む。これは手術でも使われるらしく、体には害はないらしい。すぐに乾燥するので、立て込んで忙しい時でも使えるので便利だ。  指の補修を終えると、ため息を吐いて再び作業を進める。時刻は二十二時にさしかかっていた。  線が細く華奢な藤崎は、身長が一六〇センチにも満たない。痩せすぎていると自分でも分かっているが、食が太くないので肉付きは悪かった。色素の薄い茶色の瞳と髪は母親譲りだ。ショートボブの髪型は二十九歳という年齢をさらに幼くし、大きな瞳とそれを縁取る長い睫毛がまた拍車をかけていた。おそらく口を開かなければ女性と間違われるだろう。ひとことふたこと話しただけでは、キーの高い声なので気付かない人もいるかもしれない。  輪郭が心許ないわりに各パーツだけは存在感をアピールしており、どこかセンシュアルな雰囲気を漂わせ、中性的な容姿は魅力的だ。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加