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先生はチラッと私のことを見て、それからすぐに佐伯さんに視線を移した。 また私のことを一瞬だけしか見なかった。 “朝1番”だった場所では私のことを真っ直ぐと見ていてくれているのに。 佐伯さんがいると先生は私のことなんて見てくれない。 それは仕方ないことで。 そんなことは社内で当たり前のことだから慣れているはずで。 凄く凄く嫌だけど、慣れてはいるはずで。 なのに、先生からそれをやられるとめちゃくちゃ嫌だった。 もう、めちゃくちゃ・・・めちゃくちゃ嫌だった。 真剣な顔で佐伯さんのことを見詰めている先生が、スッと椅子から立ち上がりこっちに歩いてきた。 驚くくらい真面目な顔をしている先生から目が離せないでいると・・・ 「千寿子、救急車呼べ。」 「え?」 「早く。」 全然意味が分からなかったけれど、部屋の隅に置かれている電話機の所に歩こうとしていたら・・・ 「ダメ!!!やめて・・・!!!」 佐伯さんが私に向かって叫んできた。 そして、先生のことを必死な顔で見上げている。 「大丈夫ですから!! 少し具合が悪いだけで!!」 「少しどころじゃないですよね? 定期検診は?」 「・・・二十歳になってからは受けていません。」 「千寿子、救急車。」 「やめて・・・!!呼ばないで!!」 佐伯さんが見たこともない必死な顔で私のことを止めてくる。 「えっと・・・3階にある医務室行く?」 「そんな所に行くわけないでしょ!!!」 佐伯さんが叫んだ時・・・ 佐伯さんの身体がグラッと歪み・・・ “倒れる!!!”と思った時、先生が佐伯さんの身体を力強く支えた。 そして、片手でポケットからスマホを出し・・・ 「やめて・・・!! 救急車なんて呼ばないでください・・・!!」 「分かりました、救急車は呼びません。」 「何処に電話するんですか!?」 「お母様に。」 「それこそ止めてください・・・!! 二十歳になってからずっと会ってないんです!! 会いたくもないから止めてください!!!」 佐伯さんが叫ぶと、先生が支えているはずの佐伯さんの身体がズルズルと床に落ちていく。 先生はスマホをポケットに仕舞うと、床に力無く座る佐伯さんの顔を自分の胸に倒した。 自分のスーツのジャケットに、今日も綺麗にお化粧をしている佐伯さんの顔を。 それには驚いていると、佐伯さんは小さな声で呟いた。 「私・・・私、松戸先生にしか身体を見せたくない・・・。」 そんな・・・ そんな言葉には驚き固まる・・・。 ドキドキと嫌な音が私の身体の中で響いている。 煩いくらいに響いている。 その音を聞きながら、まるで映画のワンシーンのように絵になっている2人を見下ろしていると・・・ 「分かった。」 先生が・・・先生が、“分かった”と答えて・・・ 「千寿子、増田社長にこの件説明しておけ。 今日の打ち合わせはまた後日。 増田社長に言えば伝わる。」 「分かった。」 佐伯さんの具合はどう見ても悪そうで。 さっきまで普通に歩いていたけど、朝は私に意味深な発言もしてきたけれど、どう見ても演技ではなく悪そうで。 動揺しながらも“分かった”と答えた私を先生はチラッと見てきて、そして・・・ 「そんな格好で会社に来てるんじゃねーよ。 会社は仕事する場なのにチャラチャラしやがって。」 そう言ってきた。
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