Akira

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Akira

まさかこんなに上手くいくと思ってなかった。 意外とあっさり彼女の懐に入り込めた。 と思っていた。 が、それは俺の勘違い。 確かに家にいれてくれてハグまでした。 けど、俺はずっと壁の向こうにいた。 近くてとおい。 それが何故なのか分からなかった。 今まで付き合った女はみんなすぐに俺のものになった。 それがつまらないと思ったりもした。 だけど彼女は違う。 最初は両親を離婚に追いやった女に復讐してやろうと思って近づいた。 でも気が付くと俺は完全に心を持っていかれていた。 彼女は飾らない。 一緒にいると落ち着く。 目的を忘れてしまう。 両親のことを聞かれた時も素直に話してしまった。 「寂しくないはずないじゃない。」 と言われた時泣きそうになった。 俺は今まで何も欲しがらなかった。 全部諦めてきた。 でもこの人だけは欲しいと心から思ってしまった。 唇を重ねて余計に、欲しくて欲しくてたまらなくなった。 なのに俺より先にあっさりプロポーズしちゃうし。 無我夢中で抱いて、やっと自分のものになったと思ったけど全然変わらないし。 でも、家族になってくれると言ってくれた。 それだけで十分すぎた。 籍を入れて一緒に暮らし始めて一年が過ぎた。 結婚記念日、俺は本当のことを打ち明けた。 もしかしたら嫌われるかもしれない。 離婚されるかもしれない。 そう思って不安で仕方なかったけど、でも嘘をついてることの方が苦しかった。 話し終えた時、彼女は 「知ってたわよ。」 とあっけらかんと言った。 「知ってたの?」 「話してくれると思わなかった。」 「何で追求しなかったの?」 「追求したらいなくなりそうだったし。」 「え?」 「いつか出ていったとしても、私からきっかけは作りたくなかったから。だから知らないふりしてたの。」 「いつか出ていくかもって思ってたの?」 「復讐なんでしょ?だって。」 「そうだったけど、今は微塵も思ってない。むしろ、親父のこと許せない。」 「そうねぇ。あなたのお父さんは最低だった。けど、今は感謝してる。」 「感謝?」 「だってお父さんのおかげで私たちはこうしてるんだから。」 「まぁ、そうか。」 「で、話してスッキリした?」 「少し気が楽になった。」 「ならよかった。で、離婚する?」 「しないよ!するわけないでしょ。」 「あ、そう。」 「信じてもらえないかもしれないけど、愛してるよ。」 「じゃあ本当にずっと一緒にいてくれる?」 「もちろん。律子がよければ。」 「そう。」 彼女はそう言って引き出しから一枚の紙を持ってきた。 離婚届だった。 「もし必要になったらと思ってもらってきてたの。」 そう言って破り捨てた。 「男に二言はないわよね?」 「ないです。」 「ほんとはいつあなたがいなくなるか不安だった。だからなるべくあなたと距離を置いてたの。じゃないと、捨てられたときのショックで死ぬかもって思った。」 「そうだったんだ。」 「ほんとうは一緒に住むのも怖かった。一緒に生活するとあなたがいなくなった後、一人に戻れるか不安だったから。一年私、よく耐えたと思う。」 「ごめん。そんな想いさせて。」 「自業自得だもの。あなたからお父さんを奪ったんだから。」 俺はようやく彼女を近くに感じた。 「もう終わったことだよ。俺たちには関係ない。俺はずっと側にいる。律子が嫌がっても。」 「暁、愛してるわ。」 彼女の眼差しを初めてまっすぐ受けた。 綺麗だ。 改めてそう思う。 「俺、宇宙で一番幸せ者だ。」 「大袈裟ね。」 大袈裟じゃなく、俺は今 愛のど真ん中にいる。
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