山の道で

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山の道で

 小さい頃、里美は母方のいとこ達と母の実家でよく遊んだ。  里美の姉の芳美が里美の3学年上で一番の年長。いとこの礼子が里美の2学年上。次が里美。一番下が唯一の男子で里美より1学年下の正彦。  日曜日になると母の実家である山の麓の大きな古い家に連れてこられて4人で遊んだ。  母の実家の裏の山は格好の遊び場で、朝早く行って細い木を蹴飛ばせばクワガタが落ちてくるようなところだった。  小さな里山なので道は狭く急だ。山に入ってすぐの道の脇に急な土のむき出した斜面があり、木の根っこにつかまりながらそこに登ると道の方に斜めに伸びた木に登れる。  道を上って右に回り込んでもその斜めの木にたどり着く。里美以外は全員道の途中の土の斜面を登れたが、里美は登れなかったのでいつも道を回り込んで木にたどり着いていた。  ところがある時、里美はよく色々な空想をしながら歩く癖があったので、回り込まなければいけない細い道を通り過ぎてしまい、そのままどんどんと山の奥に行く道を進んでしまった。  先に木にたどり着いた姉の芳美といとこの礼子と正彦は木に登って遊ぶことに夢中で里美があまりに遅い事には誰も気が付かなかった。  里美はどんどんと間違った道を上っていく。山の斜面に沿った少しだけ太い道で山の奥の畑に行く人たちが通る道だ。  土の斜面を登ることはできなくても田舎の子供なので歩く速度は結構なものだった。  10分ほど、考え事をしながら歩いて道を上っているうちに 『あれ?木に着かない。』と、気が付いた。  そこで後ろに戻ればよかったのに、子供の考えることは本当にわからない。なぜか上ってしまったその場所から、いつも木に向かう方向の右を向いて、別の道に入ってしまった。子供の足でも10分も歩けば結構な距離を上がっている。  そこから山の中に入ったので、いつもの木に着く道よりも鬱蒼として暗いところに出た。低い里山と言っても田舎の事なので熊も狸も鹿もいる。 『ガサガサッ』  里美の入った脇道の奥から何か音がした。里美が驚いて立ち止まった、その時。今まで会ったことのない子供が薄暗がりから出てきた。  不思議なことに洋服ではなくて、夏祭りの時に男の子が着るような甚平と浴衣の間のようなものを着ていた。そして、田舎の子供にしては肌の色が随分白かった。 「ん!」  その男の子が突然近づいてくると、里美に手に持った物を差し出した。  見ると、それは見覚えがある山にある食べられる野生の桑の実だった。  里美は普段から良く食べていたし、のども乾いていたので 「ありがとう。」  と言って、桑の実を受け取り一口食べた。  するとその男の子は嬉しそうに笑い、里美の手を取って山の奥の方に入っていこうとした。里美は慌てて元の道に戻ろうとしたがその子はとても細くて小さいのに力が強く、里美はそのまま連れていかれてしまった。 *****  里山の下の方では、ようやく姉といとこ達が里美があまりにも遅いことに気づいて青くなって探していた。いつも、少し行動が遅い里美の事を3人はよく仲間外れにして放っておいて怒られていたのだ。  里美が見つからなければまた怒られてしまう。いとこ達は自分の家の裏の里山なので上の方の様子も良く知っていて、大人には内緒でいつも上らない場所まで上がって行って里美を探した。  しばらく探し、お昼近くなってしまったので、一度家に戻ることにした。  もしかしたら里美も家に帰っているかもしれない。少し落ち着いて家に戻り始めた姉の芳美といとこの二人は遊びに加わらなかった里美に少し腹を立てながら 「きっと先に家にいるよ。元々里美は外で遊ぶの嫌いだもんね。」  と口々に言いながら祖母の待ついとこの家に戻った。  だが、里美は戻っていなかった。  そこで、姉の芳美、いとこの礼子、正彦は正直に里美はいつもだったらすぐにみんなが遊ぶ木の所に来るのに、来なかったことに気づくのが遅かった。誰も気にしていなかったと祖母に話した。  祖母は急いでふもとの町で商売をしている里美の母親に電話をして、近所の大人にも電話をして山を探してもらう算段をした。  芳美や礼子、正彦はとりあえず昼ご飯を食べて、大人が探す間に里美が戻ってきたら家にいるように留守番を言いつけられた。  大人がいくら探しても里美は見つからなかった。小さい里山だし、大人は山の隅々まで知っているのですぐに見つかると誰もが思っていたのに。  里美は迷いに迷って、山間の道を抜け、別の山に入ってしまったのかもしれない。  この辺りに危険な急な崖や大きな沢などはなかったが、夜になれば安全とは言えないだろう。 ****    男の子に連れられて、知らない道を随分歩き、やっと男の子が立ち止まった。里美は男の子が、見ず知らずの家に里美を連れて行って、家に入るよう言うので 「ごめんください。」  と、言って、その家に入っていった。  稲刈りの時のはぜかけの棒(稲を干す棒)をしまうような屋根がついた小さい藁でできた家だった。  家には誰もいなかったが、奥に何かの気配はした。  男の子は家の奥に入って行って何やら話をしている様子だったが、不思議なことに声らしきものは聞こえるのだが、里美には何を話しているのか分からなかった。  男の子は半分べそをかいて奥から出てくると、黙って里美の手を取って、別の山道を今度は下へと降りて行った。  男の子に手を取られ、大分歩いた後、里美はなんとなく見覚えのある道に立っていた。いつも預けられるいとこたちが学校に行く時に使う道で、最初に上がった里山とは山3つ分くらい横に移動している場所だった。  男の子はそこまでくると、里美の手を離し、 「ヒトの子供が山の奥さ入っちゃなんねっておらのおとうとおかあが言ってたぞ。」 「本当ならおらから食べ物を貰ったらその女の子はおらのお嫁さんになるはずだったのに。」 「お前はおらのお嫁さんにはなれないっておとうとおかあが言ってた。」  男の子はまだほっぺに泣きべその跡を残しながら里美に言った。  そして、 「お前んちはあっちだ。」  と、母の実家を指さしそのまま山に帰って行った。  もう、夕方だった。  里美はこれは叱られる。と思って大急ぎで母の実家に向かった。  その頃、別の山に入ったかもしれないと大急ぎで探していた大人たちの一人が里美を見つけた。 「いたぞ~。」  大声を出しながら里美を抱え、母の実家に向かった。    里美は山であったことをそのまま正直に大人たちに話したが、きっといつもの空想癖が働いて、そのまま山道を歩いていたんだろうと判断され、大人たちに随分と叱られた。  ただ、どこも怪我をしていなかったし、桑の実を食べただけで随分とお腹を空かせていたので、それ以上は叱られずに夕ご飯を食べさせてもらえた。  姉の芳美と、いとこの礼子、正彦は里美の事をちゃんと見ていなかったことをこれまた随分と叱られたし、これまで意地悪していたことも大人は知っていたので、今後はちゃんと4人でそろって遊ぶことを約束させられ、これまたやっと夕ご飯を食べさせてもらえた。  里美は誰にも自分の話を信じてもらえなかったが、あの男の子のお嫁さんになっていたらきっと人のいるところに二度と戻れなかっただろうと思った。  里美の心の中に沢山持っている想像力を働かせ、道を歩く時にはあまり空想をしないで歩こうと小さな心に刻み付けた。 【了】    
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