22人が本棚に入れています
本棚に追加
イントロダクション~始まりの音色
時々、何かの拍子に空をふと見上げると、そこに飛行機雲の真っ白い線が延びていることがある。
飛行機雲が出来る日は、天気が崩れる前触れだって、誰かが言ってたっけ…。
僕はその飛行機雲を見るのが子供の頃から好きだった。いつでも見られる訳じゃないから、見た日はなんか、ラッキーな気がしたから。
飛行機が飛ぶ音も。空を突き破るようなその音を聞いては心を弾ませ、ワクワクしていた。
今日の空は驚くほど快晴だ。
雲一つない…。これから乗る飛行機を待つ間、大好きだった飛行機が飛び立つその姿をこうしてワクワクしながら眺めている。
僕の心も真っ青な空のように晴れ晴れとしている。
世界は、この同じ空で繋がっている…。今から向かうこの空の向こう側で、僕の新しい未来が待っている。
飛行機が飛び立つ時のあの地の底から沸き上がるような音が、僕をワクワク感で一杯にする。
機体は轟音と共に一気に加速し、やがて目的地に向かい地上を飛び立つ。
逆らうGが身を震わす。
フワッと胃が浮くような感覚。
足元は脱力感に襲われる。
その瞬間が、僕はたまらなく好きだ。
いつかどこかでみたテレビのCMで流れていたような軽快な飛行シーンの音楽が空で聞こえているような気がした。
全てがドラマチックに感じてしまうような爽快なメロディ。
飛び立つ飛行機を見るたびに、僕の耳にはワクワクするような、そんなメロディが聞こえてくる。
*
子供の頃から、僕にはいろんな人からメロディが聞こえていた。
優しい人からは優しいメロディ、怖い人からは怖いメロディ。不安が襲ってくると不安なメロディが僕を包み込んだ。
多分、小さい頃から人より感受性が強かった。
人よりすごく傷つきやすかったし、その分心も繊細で脆かった。だからいつしか自分を守るために、見たくないものには蓋をし、聞きたくないことには耳を塞いできた。嫌いなものには関わらない。そうやって自分のことを守ってきた。
だから…。
女の子と付き合ってもなかなか長続きしない。可愛い顔をしていてもその笑顔の奥に隠れてる心の中のいろんな気持ちがメロディになって僕に届く。
女の子からいろんな不穏なメロディが聞こえてくるたびに、僕は耳を何度もふさいだ。
小さい頃、いろんな習い事をやらされた。ピアノ、バイオリン、英会話に水泳、どれも好きじゃなかったし全部中途半端で終わった。
一番長く続いたピアノでさえ、ものにはならなかった。
無理やりやらされて、逃げ出したこともあったっけ。あれはいつだったかな…。よく、思い出せない。
でも…。
多分、音感だけはあった。
一度耳できいたメロディを譜面もみずにそのまま弾けたし、身の回りで聴いた音が音階で聞こえた。
違う音同士が混ざると、時々不協和音となって僕はその不快感に苦しめられた。
子供の頃は、周りの誰もがみんな同じように、当たり前にそうなんだと思っていた。
それが僕にとっては別に大したことじゃなかった。
それを何に活かせるかなんて知らないし活かそうとも思わなかった。
別にその事を誰かに話したこともないし、話す必要もないと思っていた。
大人になった今でもこうして、僕にはいろんな音が耳に届いている。
世の中はいつもいろんな音で溢れている。いろんなことがメロディになって僕の耳に届いてくる。
___本当は、あの時。
あいつから聞こえてきたあのメロディも、本当はちゃんと僕に届いてた。
楽しいはずの誕生会で隠れて泣いてた僕に届いた優しいメロディ。
僕を包み込んでくれたのはずっとそばにいてくれた大河からの優しい音色だった。
最初のコメントを投稿しよう!