20人が本棚に入れています
本棚に追加
恭弥がどこまで知ってるのかは敢えて触れなかった。だけど、その様子から、大河のことや、大河がマンションにすみ始めたことなどを言ってるのだとなんとなくその反応から感じとった。
体だけの関係を随分長いこと続けていたことも、そこに碧斗の愛なんかなかったことも知っていたのかどうかは確かめる勇気はなかったし、そんなことを恭弥に聞くことはプライドが許さなかった。
「今日、来たのはね…
大事な話が…あったから。」
周りに聞こえないように声をひそめてそう切り出した。
「大事な話?ですか…」
優しい表情で包み込んでくれるように体をこっちにむけ、少し前のめりで静かに次の言葉を待っている。
やんわりと、でも緊張したその眼差しは真剣に、責め立てる訳でもなく、ただじっとして言葉の続きを待ってくれている恭弥の顔を見ていたら、何故か急にミキの目に涙が溢れてきた。
「このあいだね、別れを切り出されたの…」
語尾が消え入りそうな震える声がなんとか目の前の恭弥に届く。
「ええ…。」
恭弥は驚きもせず、表情も変えず柔らかい雰囲気で静かに相づちをうった。ここまでは想定どおりのようだ。
「だけど…」
そこまで言ったけど、続きをいうか少しだけ迷った。
していいのかな…、この話。ここは碧斗のうちが経営する会社。こんな話は会社レベルの話になるんじゃないだろうか。
でも、この人は碧斗の専属の秘書であの家の使用人だ。碧斗のこととなればこの人のことを無視できない。逆に相談してみるのには、いい相手なのかもしれない。
だって碧斗が会ってくれないんだから。
「出来たの…」
思いきって、今にも呑み込んでしまいそうなその言葉をなんとか吐き出した。
「はい?」
恭弥は意味がわからずもう一度聞き返した。
「だから…。妊娠、したの。碧斗の子」
「え?!」
恭弥は予想もしてなかった事態に思わず目が飛び出そうになった。声も少し大きくなったのに気がついてあわてて息を整える。
碧斗のマンションに大河が住み始めたのは知っていたし、二人がただならぬ関係なことはとっくに気づいていた。
ミキとの別れ話のもつれかと、たかをくくっていたが誤算だった。
恭弥が予想していたよりも、思いの外、事態は深刻だった。
「その事…、碧斗さんは?」
「まだ知らないの。もう会わない、って言われたから。そのすぐあとに妊娠がわかったから。
なのにマンションに行っても、会ってもくれないし。
ちゃんと話もしてくれないの…。
電話もメッセージも繋がらない。
消されちゃったのかな。だから…仕方なく来たの…」
「そうですか。それでここに…」
今日こうして会社まで来た訳がようやくわかってもらえたようだ。
「その件については、わたしの方からまず、碧斗さんに話してみますので…」
少しだけ動揺を見せた恭弥だったが、すぐに冷静になり、一呼吸おいてからなんとかミキにそう伝えた。
すると。
「その必要はない…」
不意に太くて低い声が割り込んできた。
最初のコメントを投稿しよう!