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重苦しい雰囲気が漂う社長室。
さっきから社長である碧斗の父の伸彦の野太い声に混じって深いため息ばかりが漏れている。
みんな黙って息を殺し、向き合って座ったまま、微動だにせずしばらくお互いの様子を静かに見ている…。
そうしてただ時間だけが過ぎていく。
しびれを切らした恭弥がタイミングをみはからって口を開いた。
「専務…、そろそろ、次のお約束のかたがお見えになられますがいかがいたしましましょう?」
碧斗は困った様子で顔を上げ、父を見た。
「んー、続きは帰ったらうちでしよう。君、ミキくんと言ったかな。今日の夜、うちに来られるかね?」
唸るようなため息混じりの声で碧斗の父がミキにそう聞いた。
「はい。伺います…」
かの泣くような声でミキがそう答えた。
「碧斗、お前も今日は実家に帰ってこい。話はその時だ。」
碧斗は黙ったまま返事はせず、額に手をあて、天井を見ながら大きく息を吐いた。
「社長、まもなくお時間です。」
隣の秘書室から社長秘書の浅倉が入ってくると、二人でそのまま碧斗の父はあわてて部屋を出ていった。
残された碧斗とミキと恭弥が互いの顔を見合わせた。
「恭弥ゴメン、二人にしてくれるかな…」
「あ、はい。では向こうでなんとかお待ちのお客様のお相手をして私の方で時間を稼いでいます。あまりお待たせする訳には参りませんので…」
「わかってるよ…」
恭弥は静かに背を向け部屋を出ていった。
碧斗はミキを食い入るようにみた。
「本当なのか?妊娠て…」
「本当。」
「産むのか?」
「産むよ。」
「本当に俺の子?」
「だって碧斗としかシてないもん。」
「でも、ちゃんといつも避妊してたはずだし…。あ…。あの時か…」
「そう、多分あの日、碧斗の様子がおかしかった日。あの時…。」
「まさか、あの時の一回で?」
「だって、それしか考えられない。」
「でも、俺たち、別れたんだよ?それでも産むの?俺はやっぱり、大河と…」
「あの時、別れ話をされたすぐ後にわかったの。出来てたのが。
だけど私はまだ別れたつもりはないけど。」
「病院は?」
「まだ行ってない。検査薬買って調べただけ。だから1日も早く知らせたかったから。だから今日ここに来たの。碧斗、全然会ってくれようとしないんだもん…。だから、1日も早く、お腹が大きくなる前にと思って。」
「ゴメン。」
「ゴメンて?なんのゴメン?」
「だから…。」
「おろしてなんて言わないでよ?
あたし、産むよ?碧斗の子。」
「でも、今の生活を捨ててミキと夫婦になって、一緒に育てるとか、出来そうにない。
俺にはもう、共に過ごす人が出来たから…。」
「それでもあたしは産むよ?
碧斗の子…。」
「一人で育てる気?」
「養育費をくれなんて言わないよ?
お金をもらいに来たんじゃないの。
もう一度、考え直してくれない?あたしたちのこと…。
今のまま、大河との恋人関係を続けてもいいから…。
ねぇ、私が二番目でも、いいから…。ね?名前だけでも、碧斗の妻にしてくれない?この子のために…。
この子の父親として…。」
碧斗は黙ったまま言葉につまらせ立ち尽くした。
「ゴメン、いますぐに答えは出せない。あとは、夜、帰ったら実家でまた話そう…。」
碧斗は無表情のままそういってミキの肩に手を添え部屋の外に促し、二人で社長室を出た。
「じゃあ、もう、行くよ…。
ゴメン、また、後で…。」
先を急ぐ碧斗の離れていく背中を廊下で見送りながら、残されたミキはしばらくその場に呆然と立ち尽くした。
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