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「え?」
俯いていた顔を上げてあわててその声のするほうに顔を向けた。
射すような鋭い視線を向けながら伸彦がこっちをまっすぐ見て口を開いた。
「そんな男と恋愛ごっこしてたって、うちの跡取りは出来ないだろう?」
二人は一瞬固まったまま。お互いをじっとみた。
「と…父さん…?
知ってたのか?」
碧斗は動揺を隠しきれない。
その目が泳ぐ。
「お前はバカか。知らないとでも思っていたか。
お前のマンションに住み着いてるのは一ノ瀬大河だな、幼馴染みの。
もう、二人は深い仲なんだろ?」
全てを見通すような鋭い眼差しで伸彦は碧斗を見据える。
「……」
碧斗は黙ってしまった。否定するつもりなんかない。
いずれカミングアウトしなければと思っていた。だからこの際だ。
もう、知られたっていい。
そういえば、就職してから、社長秘書の浅倉がよく碧斗の近くをうろついていた。二人で買い物に出た先の意外な場所で浅倉と偶然出くわすこともあった。このあいだだって。マンションの近くにいたのはきっそういうことだ。そうやって身辺を調べさせてたに違いない。
「お前達の性のことや恋愛事情をこの私がどうこうするつもりはなかったが、こうなってしまったら話は別だ。
お腹の子供のためにも、お前達は一旦、籍をちゃんと入れなさい。
そしてお前は父親としての責任はちゃんと果たせ。
ミキさんのお腹のなかにいる子が碧斗の子供のなのだとしたら、その子はうちの跡取りなのは紛れもない事実だ。
お前たち二人の今後だとか、その同居している男との今後の関係については、口出すつもりはない。
あとはお前とミキさんと二人の間で今後のことを話し合え。
いずれにしても、とにかくその子どもはうちの跡取りだ。それだけは、変わらない。
もう父さんと母さんは床についてるから、明日になったら私から話しておく。」
伸彦の言う父さんと母さん、とは、奥の離れに住んでいる碧斗の祖父の啓一郎と祖母の志津子のことだ。
祖母の志津子は代々引き継ぐこの家の直系の血筋の一人娘だ。
碧斗の祖父の啓一郎は婿養子だ。
だからこの家の多くの権限はこの祖母の志津子が握っている。
この屋敷では絶対的な存在だ。
別棟で暮らしている志津子はもう足が悪く、めったにこちらに顔もださなくなった。啓一郎も社長職を引退し、時々物忘れがひどくなって記憶が曖昧になり始めてはいるけれど、隠居生活を優雅にのんびり送っている。
昔、碧斗の誕生会で、嫁とバトルをした元気など、志津子にはもうどこにも残っていない。
碧斗の母の美智子は黙ってそばで話を聞きながら、ミキと過去の自分を重ね合わせていた。
自分もかつてそうだった…。
海外留学から戻った直後の伸彦と出会い、結婚する前に碧斗がお腹に出来てしまった。伸彦が軽い火遊びのつもりだったのは美智子も理解している。
それでも、美智子はそんな伸彦のことが好きだった…。
あの時も同じように、先代は、お腹に出来た碧斗を跡取りだと言い、この人と自分は結婚することになった。
だから志津子はその結婚にはいい顔をしなかった。
美智子のことを一般庶民だと散々蔑んだ。
美智子は伸彦のことが好きで仕方なかったけれど、伸彦には他にも女性の影があった。それは、多分今でも…。
碧斗をあの時生んでよかったのか、本当にこの子はそれで、幸せだったんだろうかと時々今でも不安になる。
「明日にでも、二人で病院に行ってきなさい。ミキさんは時期をみてここで暮らしはじめなさい。
碧斗は…彼と別れろなんてことは言わない。
その代わり、ちゃんと父として、跡取りとしての役目だけはしっかり果たせ。それが交換条件だ…。」
碧斗もミキも、父の言葉に何も返せすことができなかった。
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