菊乃

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 母親の美智子様は家事も育児もほとんどなさいませんでした。  それは、大奥様の志津子様のご命令だったのでございます…。  育児に関しては、名家の血筋が穢れるからという理由で一般庶民の出の美智子様には跡継ぎになる碧斗の世話は殆どさせてもらえなかったようでごさいます。  この家のしきたりにそって志津子さまが全てを仕切っておられました。わたくしは志津子さまのご指示どおり努めました。  恭弥は碧斗様とは二つ違いで、恭弥はそんな碧斗様の遊び相手として過ごしました。年が近かったせいか二人はとても仲がよく兄弟のように過ごしました。  わたくしが碧斗様の教育係としての立場を任されましたので碧斗様のお世話を主にいたしました。  そのようにするようにと志津子様からの指示でした。  志津子様は碧斗様のお世話を美智子様がなさることを禁じておりました。  気に入らない嫁の美智子様から碧斗様を遠ざけていらっしゃいました。  ですから志津子様の目を盗んでは時々美智子様と碧斗様との時間を作って差し上げておりました。  よく、公園に碧斗さまを連れ出すと言って、その場に美智子さまを密かにお誘いしておりました。  大奥様の志津子様の目に触れぬように。  それは、同じ立場として母親の気持ちが痛いほどよくわかり、息子の世話をさせてもらえない美智子様が気の毒でならなかったからでごさいます。  そんな美智子様にも、碧斗の事をよろしく頼みますと涙ながらにお願いされましたので、わたくしは自分の息子の恭弥と、碧斗様を分け隔てなく面倒見るように努め、美智子様の分までとにかく愛情深く接する用にしてまいりました。  一人っ子だった碧斗様は恭弥を兄のように慕ってくださり、いつも後をついて回っておられました。  そうして弟のような存在に恵まれた恭弥はおうちの方々にも大変愛され、とても賢く、聡明な子に育ちました。  大旦那様にもよくしていただき、孫のように可愛がられて育ちました。やがてこの家が経営する会社に秘書として、雇っていただきました。  それは大変ありがたいことに碧斗様からのたっての希望だったようでございます。  こうしてわたくしも息子の恭弥も、公私とも常に碧斗様の身の回りのお世話をし、サポートし、そばにいさせていただくようになったのでございます。  碧斗様はとても繊細な方でしたので、幼い頃から変わらず、碧斗様の事をよく知らない者をそばに置くことは好まれませんでした。人の好き嫌いがはっきりしておられましたので、そのためなかなか恭弥以外の適任がみあたらなかったのも事実であったようでございます。  それをよくわかっていた社長の伸彦様も碧斗様が絶対的な信頼を寄せる恭弥をと思ってくださったようでごさいます。  使用人としてこちらにお世話になってからはや二十年以上にもなり、あと数年で三十年を迎えようとしております。  わたくしにはもったいないくらいの待遇のなか、こうして今も敷地内の使用人専用の離れに恭弥と二人で暮らしながらやりがいのある充実した毎日を送らせていただいているのでございます。 志津子さまがお亡くなりになった今、啓一郎さまのお世話をさせていてだける毎日が、神様からのご褒美のように感じてなりません。この時間を一秒たりとも無駄にせず、私は啓一郎さまのお世話に専念することを、この月に誓ったのでございます。  この想いはそっと、私だけの胸にしまうと固く誓って…
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