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それぞれの秘めた想い
恭弥はその心に秘めた想いをずっと隠してきた。
ずっと前から気になっていることを…。
自分が仕える碧斗のことを、一途に愛しているミキのことだ…。
こうして気になるようになったのはいつからだっただろうか…。
気がつけばなにかとミキを気遣うようになっていた…。
とにかく心配で仕方ない…。
はじめは単なる同情からだった。
だけど気がつけば、どうしようもないくらい…。
___好きに…なっていた。
そんなミキがよりによって、碧斗の子供をお腹に宿している…。
二人は子供のためだけに籍を入れ、同じ屋根の下で住むことになった。
恭弥の心のなかは嵐が吹き荒れている。その気持ちを押さえ、顔に出さないように努める毎日。
ミキへの同情が募るばかりだ。
碧斗はあくまでも戸籍の上だけの妻であるミキに愛情を注ぐことはない。
碧斗とミキは随分長いこと、身体だけの付き合いだったのは以前から知っていた。
けれど碧斗に愛する人ができてしまった今となっては、もう、ミキには見向きもしなくなった。
この状況は思っていたよりも深刻だ…。
あろうことか、愛のない二人の間に、ミキのお腹に、碧斗の子供ができてしまった。
あくまでも碧斗はその子の父親としての責務を果たすつもりでいる。
そんな碧斗がミキを愛することなど、この先無いだろう…。
ミキも、子供のためにどうか、そうしてほしいなんて、言ってしまったから…。どうしても生みたいだなんて…。
それが見ていてなんとももどかしくて仕方ない。
一途なミキが自分の母と重なる。
碧斗もまた、生まれた時、同じような状況だったことを、つい最近知った。
碧斗の母親の美智子もまた、お腹に碧斗を宿してしまったことにより伸彦との結婚が決まり、このうちにやってきた。伸彦も他に愛する人が外にいる。
この家ではこうして同じようなことが繰り返されてきた…。
恭弥の母の菊乃だって、その秘めた想いを隠しながらここで生きてきた。
自分も、碧斗も、母も、そしてミキも。
切ない想いが交差する…。
*
恭弥が自分の出生の秘密を知ったのは、志津子がなくなった時だった。
あの日、母の菊乃の様子は何か違った。
大奥様の志津子がなくなった日、母は星空に向かって懺悔していた。
涙を流しながら…。
呟くその言葉を恭弥は聞いてしまった。
「ああ、神様。
罪深いわたくしと恭弥をどうかお許しください。
志津子様、真実をお伝えすることなく、謝ることも出来ずにあの世に行かれてしまいました。
本当に申し訳ありませんでした。
啓一郎様とのことはわたくしが墓場までもって参りますので、どうかわたくしと恭弥をお許しください…」
葬儀のあと、離れの庭先で一人佇む菊乃の姿をもの陰からみていた恭弥が息をひそめていたところに、庭師のタケさんが通りかかった。
タケさんは菊乃がここにきた頃からいる住み込みの庭師だった。タケさんは黙って恭弥のその肩を優しく二三度トントンした。
「タケさん?タケさんはこの事…」
恭弥が呟くように訪ねると、タケさんは黙ってて頭を静かにたてにふって見せた。
「もう、この辺でいいだろう。菊さんは一人でよく耐えたよ…。」
「タケさん…聞かせてもらえませんか?」
「そうだな、もう、いいよな…」
*
母は志津子に対し贖罪の十字架を背負って生きていた。
今でもきっと啓一郎を母は愛している。
志津子のいなくなった別棟で甲斐甲斐しく世話をする母と啓一郎の姿は、やっと訪れた二人の時間を取り返しているかのようだった。
啓一郎を見つめる母の眼差しは、使用人としての眼差しなんかじゃなかった。
女としての母の姿を恭弥は初めて見た気がした。
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