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僕の兄のような人
子供の頃から、いつだって優しく包み込むようなその音色が聞こえてくるその音の主は、僕の事を本当の弟のように、大事にしてくれ、心配してくれた。
本当の兄弟みたいに育った、兄のような人。恭弥。
僕にとって特別な存在だ。
彼からもいつも僕を見守るような優しい音色が聞こえてきた。
僕が生まれた時から、家ではいつも僕らは二人で行動を共にしてた。一人っ子だった僕にとっては、恭弥は兄のような存在だった。子供の頃、使用人の菊乃に世話をされながら育てられたから、育ての親のような菊乃と、その菊乃の息子の恭弥とは家族同然だ。
大人になった今も恭弥は、職場では僕の専属秘書として四六時中そばに張り付いてるし、僕の専属の運転手で、家では、時には兄のように、時には相談役として、時には身の回りの世話役として、そして実家では、家に仕える使用人の菊乃の息子として一番身近な存在だ。
今日の出張にもそんな恭弥が同行している。こうしてロビーの長椅子に腰かけ、すぐ隣で僕と共に飛行機の出発の時を待っている。
*
「到着は10時頃の予定です。移動時間を含めても昼前には始められそうですね。先方と昼食を兼ねて、ということになります。」
「うん、分かった…」
「明日は九時から一件、アポイントが入ってます。こちらには午後の便で戻る予定です。」
「うん…。
帰りはまた、僕のマンションまでお願いね…」
「__はい。」
なにも言わずただそうやって恭弥は返事をする。深く追及してこないし、僕のプライベートに余計な口出しはほとんどしない。
「ん?」
「え?いや…。」
「なんだよ…」
「いえ、なにか他に…。わたしに話でもありましたか?」
「別に?」
「…なんか、碧斗さん、さっきから何か言いたげだから。」
「何でもないよ。」
「そうですか。」
恭弥は再び手元に視線を戻した。
「なにか、話があるのは恭弥の方なんじゃないの?」
「いえ、別に…」
僕と恭弥は、いつだって言葉や行動で、お互いの考えてることや、今の状況はなんとなく言葉を交わさなくても大体のことは理解し合っている。
そんな恭弥はとても賢くて人一倍勘が鋭い。
だからそんな恭弥に、隠すつもりはなかったけど、僕が思うよりももっと早く、大河と同棲を始めてすぐ、恭弥にバレた。
いつも何でも大概のことはお見通しだから嘘をつけばいつもだいたいこうやってバレる。
ロビーの長椅子で並んでしばらく座って、今日の事務的なやり取りを済ますと、お互いに自分の手にしたスマホを無言でそれぞれ見ている。
僕はあの時のことをなんとなく、思い出している…。
ある時、車の中で突然、恭弥が表情も変えずに淡々と僕に聞いてきた時のことを。
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