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そうしたある日、どこからともなく聴いたことのある音色が聴こえてきた。粗削りのメロディ。
右手が辿々しく主旋律を奏で、左手がそれに合わせた三つの和音をのせて来る。すべての音は拾えてないけれど、なんとなく調和の取れた、あの曲になっている。
音のなる方に行くと、確かにその音はサロンから聴こえている。誰が弾いているのか気になって覗いてみると、そこにはちょこんと座って見よう見まねで弾いている奏太がいた。
「奏太?お前、それ…」
「パパの真似してやってみた。指が届かないや」
「奏太、いつの間に…?」
奏太に教えたことなどなかったのに。初めてこの部屋に入った時にピアノの下に隠れる奏太のすぐそばでこうして初めて弾いてやったのを懐かしく思い出していた。
「それどうやって覚えた?」
「え?パパがいつも弾いてたから…。」
奏太もボクと同じだった。
あの頃のボクと同じ。
見よう見まねで、耳で音を拾って覚えて感覚で弾いていたあの頃をおもいだす。あの頃は本当にピアノを弾くのが楽しかった。
隣に座り二人でならんで細かいところを教えながら連弾した。
譜面なんか必要ない。
あの頃のボクのように、奏太は耳でメロディを拾って覚えた。
あの頃のボクみたいに目を閉じて耳を澄まして鍵盤をひいている…。
強く、弱く、早く、遅く、激しく、滑らかに…。ボクが音を口ずさむと、奏太はその音をすぐに耳で拾って正しい音階でその音を弾いてきた。
これだ。ボクがしたかったのは。
こうやって音楽を楽しみたかった。
こんな風に楽しいピアノがあの頃のボクは好きだった…。
ボクがその辺で聴いたようなテレビのCMの曲なんかを口ずさむと、寸分違わずメロディにして奏太はそれを楽しんで弾いた。
いつの間にか、あのボクがいつも弾いていた曲も奏太はちゃんと弾けるようになっていた。
親バカなボクはそれをスマホで録画して、SNSにアップした。
『気まぐれな籠の鳥』というアカウントのフォロアーが熱心に奏太のSNSをフォローし、毎日のように追いかけてくれている…。
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