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それから。ある時。
社内で役員クラスの社員同士が見事結ばれ、盛大に結婚式が行われることになった。
余興で、お祝いの歌なんかが披露される。社内の役員たちで歌を披露することになり、その合唱曲の演奏をピアノで演奏することになっていた。
「奏太、ちょっとおいで」
披露宴で円卓を囲む社員たちの前でピアノの前に座り、円卓に座る社長の伸彦のとなりにちょこんと座る将来のこの会社の跡取りになる奏太に声をかけた。奏太を横に立たせた。
社のみんなの前にこの姿を晒すのは初めてだ。
「みなさん、ボクの色々な噂が飛び交ってるかと思います。今までふせていましたが噂の通り、この子はボクの息子です。ワケあって、母親はいません。ボクはこの先も、シングルファザーとして頑張っていくつもりです。
将来この会社はボクじゃなく、この、奏太が跡取りになります。みなさん、是非お見知りおきを。それで今日は突然ですがこの場を借りての奏太の御披露目と合わせて、ボクたち親子からのお祝いの曲をお二人に贈りたいとおもいます。プログラムにはありませんが特別なミニ演奏会をさせていただきたいと思います。」
不敵な笑みを浮かべて場内を見回したあと、奏太を横に座るように目で合図する。
プログラムにはなかったけれど、事前に関係者や司会者には告げてある。
今日、このお祝いの曲の合間に奏太を呼んで、二人でシークレット演奏会をすることになっている。
持ち時間はたった10分。
親子二人、初めての小さな演奏会が始まろうとしている。
みんな、何が始まるんだと言う顔で固唾をのんでそれを見守っている。
いつも二人で弾いていたあの曲をみんなの前で連弾で披露した。
小さなその手がまるで別の生き物であるかのように自由に鍵盤の上を飛び回った。二人が織り成す幸せなメロディが場内を包み込み、そして会場のみんなをのみ込んだ。
式場内は予想通り、大いに盛り上がった。
沢山の声援が飛び、割れんばかりの拍手に包まれた。
こうして親子二人のシークレット演奏会は大成功で幕を閉じた。
式を終えたあと、みんなが帰っていくなか、奏太が再びピアノのそばに近づいていって、椅子に腰かけていた。
まだ弾き足りなかったようで、スタッフが会場の後片付けを始めているなか、奏太が一人でピアノのそばに駆け寄り、ピアノを弾き始めたのだ。
「こら、奏太、もうお片付けだよ。邪魔しちゃいけない」
そう声をかけると、スタッフがにこやかに声をかけた。
「構いませんよ。今日はとても素晴らしかった。もう一度聞けるなんてラッキーです。私達も素敵な音色に包まれて、仕事がかえってはかどります。」
奏太が満面な笑みを浮かべた。
帰っていくお得意先のお客様とのご挨拶もあって、出口のところで足止めをくらい、しばらくは奏太一人で好きなようにやらせていた。一人でピアノに向き合う奏太を片目で確認しながら、かわり映えのない挨拶をしてまわった。
そのうち、ピアノに近づく一人の男の背中をその視界に捉えた。
何か話しかけようとしている…。
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