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「君、上手たね…。ピアノ楽しい?」
「うん、楽しいよ。毎日弾いてる。」
「たまにはやりたくないとか、思ったりしない?」
「そんな風に思わないよ」
「へぇ。それはいいな」
「おじさんは思うの?」
「そうだなあ。おじさんはピアノあんまり楽しくは、なかったかな。」
「おじさんもピアノ弾けるの?」
「弾けたよ。昔はね。」
「いまは?弾かないの?」
「もう、忘れた。僕はピアノから逃げ出したんだ。
鳥かごの中から逃げ出したい鳥みたいにね…」
「何で逃げたしたの?」
「ピアノを弾きたくなかったから、かな。」
「何で弾きたくなくて逃げだしたの?」
「なんでかな。一緒に逃げ出したいやつがいたから、かな。」
「誰かと一緒に、逃げ出したの?おじさん。その誰かも逃げ出したかったの?」
「さあ、どうかな。でも、そいつが逃げたいって言ったから、かな。おじさんのだいすきな人。君にそっくりな」
やっぱりそうだ…。
いま目の前にいるこの子が、あの時の碧斗にそっくりなのは、今日ここに来てすぐに気づいた。
あの頃の碧斗と話してるみたいだ…。
「え?ボクにそっくりなの?へぇ。よかったね。そのだいすきな人と一緒で」
その話す声も…。
時々SNSで流れてくるピアノの演奏の動画の合間に聞こえてくる二人の会話を聞いていてすぐに彼だとわかった。
「そう思う?」
「うん。だって、おじさんもそう思ってるんでしょ?よかったって」
「そうだね。そうかもね…」
そうだったらいいけどな…。
「じゃあきっと、その人もそう思ってるよ…」
__そう、思ってるよ…。か…。
今、目の前にいるこの少年は、あの頃のあの人に瓜二つだった。
クリクリな目も、笑うと広角の上がるアヒル口も、真っ白な陶器のような肌も、長い睫も。
そしてあの、細くて長い指先と綺麗な手も。
僕の愛しい人。
僕の初恋の人…。
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