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「奏太…」
そう呼んで近づいてきたのはもう何十年も昔に見たあの、綺麗な手の持ち主だ。
「あ、パパ」
「あ、どうも。専務お疲れ様です…」
今でも変わらないこの綺麗な手の主は、かつて僕とあの鳥かごから逃げ出した時の記憶など、とうに忘れているだろう。
こんなに今でも焦がれる僕の思いが今も胸を締め付けていることなど、この人はきっと知らない。
こうしためでたい席には、もう、何度も出席してきた。何人もの幸せな姿を見届けてきた。
いつかそうした幸せが来るなんてことを夢見ていた自分にはもうそんな日なんか訪れないことなど、もうとっくにわかっている。
あの日、この人を諦めたあの時から。とっくに自分の幸せなんかには別れを告げている。
せめてあの時のことを彼が覚えていてくれたら。
せめてあの時あそこにいた僕たちが、こうして今もそばにいるのだということを思い出してくれたら。
そんな見果てぬ夢を僕は今でも見ている。相変わらずこうして僕は愛しい彼のそばで、ただの仕事相手として接している。
時々彼からのかげりのある視線をうけながら…。
「こら。奏太、知らない人にそうやって声をかけられてもついていったりしちゃだめだよ。悪い人だったらどうするんだ…」
奏太を諌めるその目は今、父親の目になってる。
「あ、パパ。このおじさんは悪い人じゃないよ?」
「それはどうだかわからないだろう?」
奏太を見つめる時の包み込むようなその優しい瞳がこっちに視線を送る頃には優しい瞳からキリッと緊張した眼差しに変わっている。
奏太のすぐそばで奏太と見つめ合いながらさっきまでニコニコしていたその視線とぶつかる。
「香田さん、まさかいくらなんでも、こんな子供には手をださないよね?」
「さあ、どうかな。まだもう少し熟してから、ってとこかな。」
「やめろよ。変態…」
「やだな。冗談だよ。いくらなんでもさ。それはないよ♪」
「どうだか。」
「僕ショタコンじゃないよ。
でも、本当にそっくりだ…」
「なにがだよ。親子なんだから当たり前…。え?」
「え?」
「あ…、いや、別に…」
あの頃の君にこの子がよく似ているだなんていま僕がそう思ってることなんか、知らないだろう。
「おじさんは、パパの味方?」
奏太が二人のやり取りを聞いていて、何気なくそう聞いてきた。
ああ、いつかのあいつもそうやって僕に聞いてきたっけな。
あの時も、あんな素直な屈託のないあんな顔をしてこうやって…。
すると、急に目の前の愛しい人の顔に、何かが弾けるような表情が浮かんだ。
そして思いもしないことばが返ってきた。
「たぶん敵じゃ、ないはず?
そうだったよな…?確か…。」
まっすぐ視線をこっちに向けたまま、じっとこっちをみながら碧斗はあの時と同じ台詞を口にした。
まさかな。嘘だろ…?
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