転校生

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転校生

 昼休みの校舎は、生徒の話し声や足音でざわめいていた。  クリーム色のカーテンが風に揺れる。机に頬杖をついた高瀬侑子は、布のダンスを見るともなしに眺めた。  クラスメイトは弁当を広げたり、パンの包装を開けたりしている。彼女の前にある弁当袋は口が閉じたままだ。  昼休みが十分ほど過ぎたころ、教室のドアがガラッと開く。友人の乃木真琴と山崎静香が購買の袋を提げて帰ってきた。  侑子は立ち上がって、不満の表情を向ける。 「遅ーい。先に食べちゃおうかと思ったよ」  けれど真琴は彼女の腕を取り、グイッと外へ連れ出そうとする。侑子は戸惑った。 「どうしたの。お昼は?」 「そんなのあと。三組に行こ」 「三組? なんで」  事態を呑み込めないでいると、真琴と静香が顔を合わせてふくみ笑いをした。  三人で廊下に出る。静香がのんびりした口調で、侑子に耳打ちした。 「転校生が来たんだってぇ」 「えっ、うそ」  驚いて目を見張る侑子に、真琴が応じる。 「ほんと、ほんと。三組の子が言ってた。すぐ噂になるから、今のうちに見にいこ」 「今のうちって……」  興味津々の友人に、侑子は苦笑いした。  隣のクラス前の廊下を窺うと、窓やドアに十人ほどが群がって教室内を覗いている。真琴がたじろいだ。 「げっ、もう野次馬が」 「みんな、まこちゃんと考えることは一緒だねぇ」 「静香だって、『どんな人だろ~』って駆けつけそうな勢いだったじゃない」 「う~ん、どうするぅ?」 「決まってるでしょ」  真琴は、侑子と静香の腕を取り、三組の入り口へ近づいた。女子生徒二人が去ったので、今だとばかりに陣取る。  教室内を見回すと、窓から三列目の最後尾の席に、数人がたむろっていた。 「壁が邪魔。どけっ」  小声で真琴が毒づく。侑子は友人の必死さに笑ってしまった。静香は何度か背伸びをし、諦めてため息をついた。 「見えないよぅ。つまんない」  そのとき、人だかりに三組の委員長が近づいた。中心にいる相手に書類を差し出すと、周囲の生徒は散る。  落ち着いた雰囲気の男子が席に着いていた。委員長が前の椅子に座り、用紙の手前を指差す。転校生はうなずき、机からペンケースを取り出した。 「うーん?」  真琴が首を傾げる。侑子は考え込む友人を見た。 「どうしたの」 「ちょっと待って。ここまで出てるんだけど」  真琴は首元に手を当てる。その肩を、静香がポンポンと叩いた。 「ねぇ、まこちゃん。あのひと髪が茶色いよ~。不良さん?」 「不良さんって……。そんなに茶色くないじゃん。黒でもないけど」 「先生に注意されなかったのかなぁ」  三人はふたたび転校生を見る。  光を浴びた頭髪が、わずかに栗色だ。ハッキリ目立つわけではないが、外で集合写真を撮ったら、黒髪の生徒と印象が違って見えるかもしれない。制服はきちんと着ている。 「あっ、分かった」  真琴が人差し指を立てた。 「羽生先輩に似てるんだ、目元が。会ったことあるかとビックリしちゃった」 「だれぇ、羽生先輩って?」 「二人は知んないと思う。バド部で三月に卒業したから」 「そんなの分かんないよぅ。ねぇ、そろそろ戻ろ? おなか空いちゃった」 「だね。転校生の顔は拝んだし」  静香の提案に、真琴はこんなものかと肩をすくめ、侑子はうなずいた。静香が残念そうに言う。 「あ~あ、わたし好みじゃなかったぁ」 「あんたが好きなのは吉田秀彦でしょ。そんな高校生いたら怖いよ」 「いたっていいじゃない~。恋したいよぅ」 「はいはい。素敵な人が現れるといいね」  たわいもないやり取りをしながら、二組に足を向ける。侑子は友人のあとに続きかけて、ふと三組の教室を振り返った。  委員長が、ほかの生徒に話しかけられる。  転校生は風で飛びかけた書類を押さえ、窓に目をやった。その横顔はどこか心細そうだ。 「ゆうちゃん、どうしたのぉ?」  静香の声で我に返る。侑子は友人に視線を向け、なんでもないと首を振った。教室に入ると、忘れていた空腹がよみがえる。  クラスメイトは食事を終えかけていた。三人は席に着き、遅ればせながら昼食を取る。  真琴は、後ろに同じ委員の今津がいることに気付き、相手の肩を叩いた。 「今っち、いいネタあるよ。いくらで買う?」 「はあ? 金欠だって知ってるだろ」 「しょうがないな。だったら誠意でもいいよ」 「ただいま切らしておりマス。またの入荷をお待ちくだサイ。じゃ」  今津は抑揚のない声を投げ、背中を向けた。真琴が彼のシャツを引っ張る。 「ごめんって。教えてあげるから拗ねないでー」 「はいはい、聞いてやるからさっさと言え」  真琴は、三組に転校生が来たことをオーバーアクションぎみに語った。まだ情報は行き渡っておらず、今津やその友人らが驚く。  サンドイッチを食べる静香が、侑子にコソッと言った。 「転校生ブーム、しばらく続きそうだねぇ」 「めったにないことだし。でも、ちょっとかわいそう」 「しょうがないよぅ」  静香はすでに興味を薄れさせている。  クラスメイトは、この珍しい話題で盛り上がった。侑子はふと、転校生の横顔を思い出す。  自分もあんな表情をさせた一人かもしれない。そう考えると、胸がチクリと痛んだ。
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