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彼は藤堂に「ナメクジからウミウシに進化しないと研究の完成とは言えないな」などと軽口を言う時があるが、その冗談に彼女が笑ったことがなかった。
その研究が軍事目的といった生臭さが漂うのをわかっていたからだ。
「放火犯、ファイアードールがまた現われました」
と、藤堂は単刀直入に彼に伝えた。いつものようにナメクジ野郎の反応は淡泊で「そうか」と、答えるだけだ。
だが藤堂はスラグが並々ならぬ闘志を燃やしているのがわかっている。
彼がナメクジ野郎になったのも、このファイアードール、炎人形と名乗る犯罪者の仕業だからだ。
ファイアードールの手口は荒く、企業の研究所でターゲットのデータを奪うと、犯罪の置き土産とばかりに施設を放火してしまう。
何年もの研究結果の蓄積や設備がすべて灰になるから、狙われた企業や大学はたまったものではない。
池又の場合、研究室で残業していたところ、突然、炎に包まれ、やむなくタンクの中にある水溶液に飛び込んで九死に一生を得ている。開発途中の薬品だが、背に腹は代えられなかった。飛び込んでいなかったら、全身の大やけどで、今頃はこの世にいなかったろう。
「おかえしをしないとな」
彼は大きく溜息をついた。元来、温和な性格で暴力を好まないのだが、この煮え切らないエリート然とした態度を内心で藤堂は嫌っていた。
(政府だって、人間をウミウシにするような研究を止めりゃよかったんだよ)
と、思うからだ。
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