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某国と契約したファイアードールは、再び池又の研究を狙っていた。
前回の襲撃で入手したデータは不完全で肝心な部分は暗号化されており、複数のデータを重ね合わせないと完全な情報にはならないように細工されていた。
これでは某国の化学者が《超人薬》を完成させるには至らない。
ならば完成品を掠奪してしまえばいい。某国が望んだのは池又と薬品だった。
これにはさすがにファイアードールは難色を示した。
生け捕りは難しい。死体でも同じ額の報酬を支払うなら請け負う。
交渉の末、渋々、某国はたとえ死体でも多額の報奨金を与える契約にサインした。
もちろん「できれば薬品を奪え」というのを忘れなかった。
池又を見つけるのは苦労しなかった。
なんせ火傷の痕を隠すために常に顔の半分は包帯が巻かれて、口元しかわからない。
彼は警察からの依頼がなければ、大学で講義を行い。研究室に閉じこもって生活して大学の外ではめったに出ない。どうやら自宅に帰らず、ファイアードールのおかげで遅れた研究を完成させようと躍起になっている様子だ。
彼は眉をひそめた。
「なんだ? 薬品は完成してないのか?」
たしかめようにも、研究室には近づけない。常に複数のボディガードがおり、目を光らせていた。
思わず偵察する彼から舌打ちが出た。
「包帯で素顔がわからないでは替え玉を使われる恐れがあるな」
だが、彼には自信があった。
「いいさ、ナメクジの死体だけでも金になる」
ファイアードールは舌なめずりをした。
大学ほど警備しにくい場所はない。人の出入りが多く、これを一人一人、チェックするのは至難の業だ。潜入のプロの彼からすれば警備員になりすますのは造作もない。
まず池又をおびき出すために、ゼミで授業を手伝っている助手とすり替わり、首尾よく時限式の小型発火装置を答案用紙をおさめた引き出しに仕掛けておいた。
「バイバイ、ナメクジ野郎」
そう彼はつぶやいた。
救急隊員の扮装をさせた仲間を待機させてある。
負傷したスラグを誘拐するためだ。
もちろん、クロロフォルムで眠らせておく手筈になっている。
「こうすりゃ、いくら人間離れした奴でも手も足も出ないだろう」
思った通り、引き出しが発火した。
それと同時に、ちょうど警視庁から協力の要請があったのか、スラグの姿に着替えた池又が火の海となった研究室から飛び出してきた。外套が熱で溶けて、黒い煙とゴムが焼けた異臭が鼻をつく。
「大丈夫ですか!」と、救急隊員になりすました仲間が、それとなくマスクをずらし、クロロフォルムを湿らせた布を口にあてがおうとした時に、気づかれて、キックにパンチに廻し蹴りで二人とも床にのびてしまった。象並みの力があるのだ。人間なんてひとたまりもない。
これを見て、ファイアードールは冷酷な微笑を浮かべた。二人の仲間はニセモノかどうか確かめるための囮だ。
「データ通り、百人力だ、一筋縄ではどうにもならねえな!」
そう言いながら、ファイアードールは麻酔銃を撃った。
シリンダーの中身は人間なら数秒で眠らせる効果がある代物だ。
倒れると思いきや。流石はヒーロー、そんなことではへこたれず、まっすぐに彼が身をひそめている柱の陰まで走ってくる。
「あわわわわ!」
これは想定外だった。
胸倉をつかまれて、コンクリートの壁に叩きのめされたファイアードールは全身打撲で身動きさえできない。中肉中背で、守衛の帽子をとると、その正体は細身の三十代の男で頭を僧侶のように剃っていた。
変装しやすいように眉毛まで剃っているので、色白なせいか、ぬっぺりとした顔つきだ。糸のように目が細い。
「な、なぜだ!」
ファイアードールが悔しがるとスラグは、「とうとう罠にはまったなファイアードール! そんなに俺が麻酔弾を撃たれても平気なのが不思議か!」
そう言いながら、彼は自分のマスクを取って、素顔を見せた。
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