炎人形

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炎人形

 黄昏に銀鼠色の雲が漂い、今にも泣き出しそうな空模様だ。  帰宅する人々は各々、いかにも迷惑そうな顔をして、空に目をやりながら、足早に駅を目指していく。  今日は朝から晴天で、よほど用意周到でなければ折りたたみ傘をカバンに忍ばせているものなどいない。考えることは誰もが一緒で、玄関のドアを開ける前に雨に濡れるのはご勘弁といったところだろう。  ただ一人を除いては……。  公安警察の藤堂明美(とうどうあけみ)は、兇悪犯が仕掛けた爆弾で、自分の家族ごと自宅で吹き飛ばされた上司に思いをはせていた。  偶然にも、その現場の近くにいたのが藤堂だったのだ。  緊急の知らせで現場に着いた時、上司はバラバラだった。  あの姿は忘れられない。  仕事中、彼女は動きやすいグレーのスーツにスラックスを着用することにしている。  かつて彼女は雨が苦手だった。近眼なので銀色ぶちの眼鏡をかけているのだが、雨が降ると曇ってしまうからだ。それにショートカットにしているものの、癖毛なので湿気が多いと髪がカールして寝ぐせのように立ってしまうのが、なんともうっとおしい。  あの事件の被害者、蒼井雄介(あおいゆうすけ)警視は、公安でも狼のように恐れられた腕利きだったが、笑顔になると妙に愛嬌のある顔つきになるので、藤堂は嫌いではなかった。  だが――あの笑顔を目にする機会はない。永遠に。  だからだろうか、最近の彼女は雨を好むようになっていた。   「降れば、この世の汚れがまた洗い流せるわ」  なぜ、彼女が雨を望むようになったのか、わけがある。一年のうち梅雨前線が日本列島に横たわる六月には、この東京では犯罪率がゼロになるのだ。  ある男の出現が原因だった。  
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