究極の選択

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究極の選択

 猫の額ほどの国土でありながら、治水技術と建設技術の発展により近代化の目覚ましいデーア大公国。その北部に位置するウルムブルク領は日照り続きで、もう秋だというのに残暑が厳しい年であった。  サーシャ・レーヴェニヒはウルムブルク公爵である父フランツの書斎に呼び出されていた。マホガニーのどっしりした机を挟んで向かい合った父は以前より老け込み、一回り小さくなったように見える。眉間にシワをよせた父が言う。 「サーシャ、お前に頼みたいことがある」 「なんでしょう? 父上」 「お前も知っての通りアンネマリーの事業がうまくいっていない」  サーシャの母アンネマリーがここ数年始めた遊びがどんな結果をもたらしたか、19歳のサーシャは当然理解していた。 「借金返済のためお前にはこの二つのうちどちらかへお嫁に行ってもらわねばならなくなった」 「えっ!?」  フランツがサーシャの目の前に二通の書状を差し出した。 「申し訳ないが、これ以外にもう残された手段がないのだ。だからどうか選んでくれ。お前はこの二つのうちどちらとの縁談を望む?」  レーヴェニヒ一族は王家の血を引く由緒正しい公爵家。しかしそんなわが家にはお金がない。ここ数年飢饉が続いて作物が思うように獲れなかったこともあり、領地全体として収入が減っている。  それなのに母は友人の口車に乗せられて事業に手を出し、見事に大赤字を出した。富豪の知人から次々に借り入れをした結果、雪だるま式に膨らんだ借金で首が回らなくなって今に至る。 (急に父上に呼ばれてなにごとかと思えば……) 「ですが父上、僕はレーヴェニヒ家の長男ですよ。なのに借金の返済のため身売りしろとおっしゃるのですか?」 「そんな言い方をしてはいけない。お前が長男であることはもちろんわかっているよ。だが、お前はオメガだから家督を継ぐことはできない。家のことはダミアンに任せて、安心してアルファに嫁いでくれ」  サーシャの第二性はオメガだ。そしてダミアンは17歳になったベータの弟。この国ではオメガとアルファならば男性同士で結婚することも珍しくはない。 「ですが僕は結婚する気はないとずっと前から申し上げてきたではありませんか」 「我が家が裕福ならばいつまでもお前をここに置いてやりたかったよ。しかし、このままでは屋敷も差し押さえられ、爵位もどうなるか……」  父の眉間のシワがますます深くなる。 「ですからあんな事業に関わるのはよしてくださいと申し上げましたのに」 「仕方ないではないか。アンネマリーがやりたいと言うことは夫としてなんでもやらせてあげたかったのだ」  若い頃この地方一番の美女と言われていた母に父はベタ惚れで、何をするにも言いなりだった。そして母の美貌を受け継いだオメガのサーシャは子どもの頃からアルファ貴族に追いかけ回されてきた。  以前恋人ができたときはサーシャを巡ってアルファ男性同士で決闘騒ぎにまで発展。将来を約束し合ったアルファの恋人は怖気づいて他のオメガ男性と駆け落ちしてしまいサーシャは置き去り。そんなことがあってからサーシャはもう二度と恋などしないと心に誓っていた。 (僕は誰とも結婚せず、一生一人で静かに過ごそうと決めていたのに――よりによってお金のために嫁ぐだなんて) 「とにかくその書状に目を通してみてくれ」  父に促されてまず一通を開いてみる。二択のうち一方はバルトロメオ・ヴァレンティ男爵――母を事業に誘った元凶でもあり、一番多くの借金をしている相手だった。サーシャの表情が曇る。 「ヴァレンティ男爵ですか……? あの方はもう40歳近いのでは?」  サーシャは彼が屋敷に来る度に爬虫類のようなジメッとした視線を向けられるのが嫌だった。彼の元へ嫁ぐだなんてありえない。 「彼はまだ38歳だよ。それに私とアンネマリーも15歳差だがこうして仲良く夫婦生活を送っている。年上の夫の方がきっと優しくしてくれるさ」 「そんな――」  彼の冷たくて湿った手がサーシャの手を握ったときのことを思い出して鳥肌がたつ。 (会う度妙に近寄ってくると思ったら、こんなに年の離れた僕のことをそういう対象として見ていたなんて) 「彼と身内になれば借金は帳消しにしてもらえる。私としては顔見知りのヴァレンティ男爵を勧めたいところだ」 「ですが……、もう片方も拝見しませんと」  サーシャはヴァレンティ男爵の元に嫁ぎたくない一心でもう片方の相手に希望を託した。 「ええと、もう一通はグエルブ王国の――イデオン・ヘレニウス国王……? ちょっと待ってくださいグエルブって――」 「そうだ。例の北の国だ」 「まさかそんな。だってあそこの国王は――獣人ではありませんか!」
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