第25章 民俗学者は安楽椅子に座ってられない

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「だって。自分は顔も見せないで先生一人に説明を任せるなんて、非常識じゃない?てか相談もなく勝手に大切な息子さんと結婚しちゃった時点で非常識なんだけど、わたしなんか既に」 「それは。…しょうがないよ、普通じゃあり得ない特別な事情が。いろいろとあったんだからさ」 それに、それはお前の方だけじゃない。こっちこそだしお互いさまだろ、と付け加えて心配そうにこちらにちらっと目を向けてくる。 「別に、責任感じる必要なんてないんだぞ。お前の身を守るためだけに結婚したとかないから。自分がしたかったからしただけだから…。ただでさえめちゃくちゃ疲れてるのに、そこまでしてもらうのも申し訳ないよ。俺一人でもちゃんと説明できるし、家族には」 「わたし、いる方が印象悪いかな。とりあえずいきなり顔出したらお家の方反応に困りそう?本人前にしたらはっきり反対って口に出して言えなくなるかもだし」 反駁を無理に黙らせるみたいでかえって失礼かな。と思ったけど、先生は滅相もないといった顔つきで首をすぐに横に振った。 「多分、反対とかはないと思う。てか俺は、自分で結婚相手見つけてくるほどの甲斐性もないけど周りに勧められた相手と大人しく一緒になるような従順さもないと思われてるから。きっと親は、もうこいつは一生独身かもと諦めかけてるんじゃないかな。姉貴が孫の顔は見せてくれたしまあいいか、みたいなこと。ちょっと押し付けがましく言われるんだよな、顔合わせるたびに」 だから、まさかこんな可愛らしい若い子連れてくるなんて。とめちゃくちゃ喜んではしゃぐんじゃないかな。どっちかと言えばそっちの方が心配だよ。と脳内に何かをありありと思い浮かべた様子で憂鬱そうなため息をついた。 「うちの親が馬鹿みたいに浮かれるのいきなりお前に見られるのもなぁ、引かれたら困る。と思ってたってのもあるけど。…本当に疲れてるんじゃないのか。無理することないぞ。別に、またの機会にでも。特に失礼だとかはないと思うし、こうなったら今さら」 「疲れてるのは先生の方がもっとじゃん。それに、急な訪問なんだから長居したりしないよ。本当に玄関先に顔出して、しっかり頭下げてよろしくお願いします。って言うだけ」 わたしは頑張って力強く主張した。 「どのみちそれで正式な挨拶を終わらせる気はないし、今日は本当に顔見せだけ。平日の午後だし、ご家族全員揃ってはいないだろうから…。ねぇ、いいでしょそれで。大体先生だってうちの親の顔見たじゃん、もう。わたしだって、先生の育ったお家見てご家族に会ってみたい」 お母さんはご在宅なのかな。お姉さんと甥っ子姪っ子ちゃんはどうなんだろ。やっぱり、先生そっくりだったりするのかな。とか考え出すと、想像が膨らむ。 やたら楽しげなわたしを横目で見て、彼はやや不満げに文句を言った。 「やっぱり、野次馬根性じゃないか。うちの家族なんか。別に面白くも何ともないよ、普通過ぎて」 「面白いことなんて何も期待してないし。好きな人の育った家見てみたいって、誰しも普通に考えることでしょ。失礼のないよう挨拶済ませたらささっと帰るから…。それで、車置かせて頂いて二人で一緒に電車で隣の市まで帰ろうよ。先生んち泊まっていいでしょ?いきなり部屋に行くのは駄目?」 「やっぱり。それが目的なんじゃないか…」 ぶつぶつ言いながらも、脇道に曲がって方向を変えてターンしてくれた。どうやらわたしを乗せたまま実家へ戻るつもりになってくれたようだ。 それでよし。もう正式に奥さんになったんだもん、ご挨拶もなしに済ませられないの当たり前だよね?と思いつつ、そういえばわたしめっちゃ普段着だけど。髪とか格好とか、どこか変じゃないかな?結婚して初めてお家訪問するのに好感度は大丈夫か。といざとなると急に気になってきて、こっそりとミラーを覗き込んで片手で真剣に髪を整え始めた。 「いやー、本当に度肝抜かれたよ。二人は遅かれ早かれそうなるんだろうなぁと内心思ってはいたものの。まさか、夫婦になって大学に戻って来ようとは」 「すみません、非常識で」 数日後、週が明けて。大学の研究室で少し久しぶりに顔を合わせた由田さんにしみじみと感嘆されて、わたしは思わず肩を縮めた。 結局週末にかけてはどたばたで、改めてうちの母親の家に二人連れ立って挨拶に行ったり。それから平日は仕事で不在だった先生のお父さんやお姉さんの旦那様も交えて、全員揃って賑やかに顔合わせの会食をしたりで、結局なかなかゆっくりしんみりとわたしたち結婚したんだな。と感慨に耽ってる間もなかった。 「双子対策で入籍を急いだのはわかるけど。お互いの親御さんにはまさかそうとも言えないでしょうし説明大変じゃなかった?ちゃんと納得してもらえたの、結局?」 「それは、大丈夫でした。とりあえず今はうちの両親も先生のお父さんお母さんも。全員了承してもらえまして、無事何とか」 先生がわたしにあのとき言った通り、蒲生家の方では皆あからさまに驚きこそすれ、反対を表明する家族は誰も現れなかった。
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