第25章 民俗学者は安楽椅子に座ってられない

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運転に対する集中を妨げないよう、遠慮がちにそっとその肩に頬を寄せる。 「何でわかんないかなぁ。言わなきゃわかんないの、わざわざ?わたしがどうして、先生の何処を好きか。こんなに優しくて頭もよくて何もかもどこもかしこも素敵なんだから。好きになるのが当たり前に決まってるじゃん…」 彼は素知らぬふりで運転から気を逸らさない様子で言い返した。 「全然わからん。きちんと理解できる言葉で説明されないと、それは伝わんないな。まあ、家に着いてからだな。その辺の詳しい解説は、お互いに」 それから車を走らせて隣の県に戻り、蒲生家に借りてた車を返してから。二人で彼の部屋に連れ立って帰ったわたしたちがどんな甘々な夜を過ごしたかは、とりあえずここでは話の本筋から逸れるので控えることにする。 …つい流れでいろいろと思い返してしまい、にへら。と笑みを浮かべかけてたわたしは、由田さんから続く問いかけに慌てて顔を引き締めた。 「そしたら、いきなりの結婚だったけど両家の家族からの了承は何とか問題なく済んだわけね。大学には届け出たの?」 「はい。黙っておくことでもないし、後ろ暗い話でもないので。双方の家族も承知のことになりましたから、堂々と胸張って手続きしました」 さすがに学生課の窓口の人は先生に伴われて個人情報登録の変更を申請してきたわたしに、え。と一瞬絶句して一旦奥へと引っ込んだが。 別に法に悖るわけでもなく、申請を受け付けない理由は特に見出せなかったようで。すぐに普通に戻ってきてちゃんと書類を受け取って処理してくれた。 「わたしより、先生の方がいろいろと大変だと思います。学部の偉い人たちからめちゃくちゃいろいろ言われてるんじゃないかなぁと…。そういうの、全くわたしの前では見せないですけどね。何かわたしが出て行った方が収まる場面がありそうなら、いつ何処へでも出るよ。と言ってはありますが」 「うーん、まあ、そうだね。在籍中の学生と教職員が結婚するって、さすがにこの大学の歴史の中で前例ゼロなわけはない。とは思うけど…」 確かに最近は聞かないから、今どきは珍しいのかもね。と腕を組んで考え込む由田さん。 「もしも万が一、蒲生先生が学部の教授たちからあまりにもプレッシャーかけられてる様子だったら、わたしの方から柚季ちゃんにも相談するわ。先生から押し切られたわけじゃなく、自分の方も積極的だったんです。とはっきり証言してくれたら多少圧がましになる場面とか。今後あるかもしれないし」 「あ、ありがとうございます。是非そうして頂ければと」 わたしは深々と頭を下げた。確かに、先生なら周りからお前が無理強いしたんだろうと責め立てられても。わたしを矢面に出すくらいなら黙って我慢しよう、ってなっちゃいそうな気がするし。情報通の由田さんがその辺の空気読んで教えてくれると考えると助かる。 「…それで、あとは村の方だけど。とりあえずまだ、すごく何かが急に変化する。ってわけにはいかないんでしょ?」 彼女がふと気がついた様子でわたしに椅子を勧め、コーヒーマシンをセットしに片隅へと移動しながら尋ねた。今はまだ午前中で先生は担当してる講義の最中。学部生の先輩たちは自分のとってる講義に出てるか、院生の人たちと同じで午後から顔を出すつもりなのか。この時間帯、たまたまわたしと由田さんしか人がいない。 わたしは自分がやります、と言って立ち上がりかけ、彼女にいいよ、座ってて。と片手で制されて中途半端な中腰でその場にとどまった。 「まだ研究室のどこに何があるかとか、お茶っ葉やコーヒーの在処もわかんないだろうし。おいおい柚季ちゃんにも教えるわ。来年からは正式にここのゼミ生になるかもなんだし、それでなくても先生の奥さんだからね。…一応わたしも水底さんとはLINEで連絡取り合ってるから。柚季ちゃんも既に聞いてるとは思うけど。今後は避妊具導入するよう、思いきってお兄さんたちに進言してみたんだってね?」 わたしはすとんとパイプ椅子の上に腰を落として、至極真面目な顔で頷く。 「先生は、そのアドバイスは案外すんなりと双子に受け入れられると思う。と最初から確信がある口振りだったんですけど。わたしは正直、半信半疑で…。村の人たちって、自分たちのやり方に根拠なくすごい信頼を置いてるんですよ。だから、上手くいかなくなるなんてあり得ないってあっさり一蹴されちゃうんじゃないかなぁと思ってた。まあ、先生が村について断言したことで。完全に外れてたものって、今まで一個もなかった気がするから」 「本当にね、謎っちゃ謎だよね。いくら勘がいいって言われてもさ」 マシンにスイッチが入ったらしく、しばらくしてこぽこぽと沸騰する音が始まって彼女がこちらに戻ってきた。ふわぁ、と芳しい香りが殺風景な室内に広がる中ですとんとわたしと並んで椅子に腰掛け、不審げに首を傾げて呟く。 「霊が見える、神さまの存在を感じられる。そこまではまあ、なるほどねと思うけど。この先の展開が読めるとか筋書きがわかるってのは何なの。それって、霊感の性能に入る?いくら何でも便利過ぎない?」
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