第25章 民俗学者は安楽椅子に座ってられない

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「本体の神様とは接続が切れてて本当にただの木の塊になってたわけだけど。気分的にそのまま燃えるゴミに出すのも良くないなと思って。ちょっと付き合いのある神社に頼んで、念のため手続きを踏んで処分してもらったよ。もちろん俺も立ち会ったから、この世から存在自体抹消されたのは確実だ」 あとで淡々とわたしにも改めて説明してくれた。ちょっと付き合いのある神社が存在してるってのがさすが、霊感持ちだなと。普通そんな行きつけの店みたいなの、神社仏閣ではないよ。 「…あの人たちは。祠から御神体がなくなって抜け殻になってるの、まだ気づいてないんでしょうか?」 あれから一週間あまり。水底さんと小まめに連絡を取り合ってはいるけど、まだ双子の行動や性格に特に変化はないようだ。もし気づいてないのなら、祠が空っぽだと知った瞬間から何か波乱が起きるのかなと思うと。…村に今でも残されてる人たちのことを考えたら。ちょっと怖い。 先生はわたしにだけわかる程度のほんの少し優しい色を瞳の底に滲ませ、至極落ち着き払ってその問いに答えてくれた。 「それは何とも言えない。水の中の祠に参るときに、毎回わざわざ扉を開けて中を検めてるかどうかもわからないしな。けど、あえて水中に飛び込んでそばまで近づいてお告げを受けるって習慣を考えたら。しっかり祠を開けて御神体を見たり触れたりする決まりになってたとしてもおかしくはない。その場合はとっくに知ってるはずだな、あれからの日数を考えたら。水を取りに行く月齢の日も二度ほどあったわけだし」 「深夜の水の採取も普通に出かけたみたいですしね」 そろそろさすがに充電も切れそうだし、下手に見つかって余計な騒ぎになるのも面倒だから。という理由で目的を完遂したあと、リュックに忍ばせたGPS発信器は水底さんに頼んで取り除いてもらった。 だからその後のことは彼女からの報告だけど、今のところ双子にはまだ、これまでのルーティンや習慣を変える気配は見られないということだ。 「まだ日数が大して経ってないから、何とも言えないけど。ただ、絶対に彼らが今でも変化を知らないままだとは断言できないかもしれないな。御神体がなくなって祠の効力が消えたことを知っていても、行動パターンを変えられないでいるのかも。一旦入力された設定を、指令してた元の存在がなくなっても自分で変えられないでいるだけってこともあるし。その場合しばらくの間は延々と、これまでと同じ行動を取り続ける可能性もあるな」 「ひぇ」 首をすくめたけど、絶対にそんなことないよ。と言い切れない嫌なリアリティがある。 何しろ三年以上も前に勝手に出奔したわたしを特に探し出しもせず連絡を取ろうともしないくせに、未だに婚約者として帰りを平然と待ち続けてる人たちのことだから。そういうこともさもありなん、て思わせる過去の実績があるし。 「…でも。実際には彼らが苦労して山奥で採取してくる水も、もう神通力が消滅してて。普通の、ただの美味しい湧き水になってるはず。ですよね?」 わたしは恐るおそるそんな疑念を口にした。 「それは。もしかしたらとうに知ってるけど、そのまま習慣だから続けてるの?だとしたら、これまで通りにその水を飲んで何も知らない村の人たちが同じように乱交を続けてたら。あっという間にあちこちで皆、父親もわからない子を妊娠しちゃわない?それがわかってても。これからも行動を変えられないままなの?」 考えるだけで村の将来のやばさに戦慄しそう。まあ、わたしたちというか。わたしのせいってのは冷徹なる事実だから。お前が言うかって言われたらまるで立つ瀬もないのは確かなんだけど…。 先生はわたしの怖々な疑問に、さすがに眉根を僅かに寄せて考え込む様子を見せて答えた。 「それは。確かに問題だと思う。…彼らは彼らでちゃんと神と通じるセンサーがあるはずだから。何かしら対応してくるだろうと予想してたけど、想像以上に応用力ないみたいだな。やっぱり、水底嬢にお願いして。少しこちらから具体的に働きかけておいた方がいいかもしれない」 「…具体的に。とは?」 彼はうん、と頷いてから手許のコーヒーのマグに手を伸ばして、しばし間をとった。 「例えば、将来的なことを考えたら今からでも村人に避妊の習慣をつけた方がいいかもしれません。みたいな風に提案して、ゴムの着用を必須化するとか。大量に必要になるだろうし、夜祭家が采配してまとめて用意して集会の前に配布するのがいいだろうな。あとは女性にピルを処方してくれる医者を見つけるとか。念のため緊急避妊薬を入手しておくとか、いろいろ準備できることはあると思う。まあ、今後水に代わるもの。として導入すれば、意外にすんなり受け入れられるかも。まだ村人たちの洗脳の効力が残ってるうちに、手筈を整えておいた方がよさそうだな」 彼女に連絡しよう、とスマホをさっと取り上げてLINEを開いてる。決断と行動が早い、と改めて感じ入りながらもわたしは思わず横から口を挟んでしまった。 「…そんな、突飛な提案いきなりしても。双子が素直にそのまま受け入れてくれるのかな…」
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