第25章 民俗学者は安楽椅子に座ってられない

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「お前はそりゃ、その。…可愛いけどロリって感じではないよ。普通に成人女性でいいだろ。それに、俺は中身はともかく見た目はあれだから。…その、いわゆる大人の男のかっこよさはからっきしだからさ。外見だけで言えば俺たち結構釣り合ってる。それはうちの親でも誰から見ても。…一般的に言って事実だろ」 ぶっきらぼうに言い放たれたけど。わたしは思わず弾かれたように顔を上げてそっちを見た。 「…わたしたち、お似合い?そう、…かなぁ」 「何でそこでいきなりにやにやするんだ。別に褒め言葉でも何でもないだろ」 「いやぁ、それは。そうなんですけどねぇ」 顔が自然ににやけちゃうのをどうしようもない。 いや、ずっと自分でも。身長差といい見た目年齢のバランスといい、案外わたしたちって並ぶと釣り合いとれてるのでは?と内心自惚れてたから。先生も実は同じように思ってくれてたんですね、そうですか。 「沖さんからは前に、お前と先生って外から見た感じは結構お似合いだよ。って言ってもらったことあったけど。先生ってほら、ただ単に若く見えるってだけじゃなく割とイケメンじゃないですか。顔立ち整ってるっていうかさ。表情は愛想ないけど…。だから、あんなのまあまあお世辞だよなって受け流してたから。先生も同じように考えてくれてるんなら、よかったな。と思って」 「何阿呆なこと言ってるんだか…。俺なんか、大して特徴のない地味な顔だろ。お前の方がよほどだぞ。並ぶと気が引けるのはこっちだよ、普通に」 照れ隠しなんだろう。絶対にこっちに顔を向けずに(まあ、運転中なせいもある。当然)視線を泳がせながらぼそぼそと反論してくる先生。はいはい、わかりましたよ。 「…ところで。それはそれとして、お前。お父さんの前で俺のこと、何て呼ぶ気?まさか『先生』じゃないだろうな」 いきなり反撃してきた。話の矛先を変えたい意図もあるんだろうが。 「え、先生呼びで何が悪いの?だって、先生は先生じゃん」 不意を突かれて質問の意図が読めず、きょとんとなって訊き返す。目の前になだらかな見通しのいい道が続いてる余裕からか、彼は言いにくいことを切り出す気まずさをごまかすかのように片手でばりばりと自分の髪をかき回した。 「いや、だって。…やっぱり、教師と学生って関係を強調するみたいで。…なんか、対等じゃないだろ。お前は深い意味もなく単に俺を指す呼び名として使ってるだけでも。周りはそうは思わないよ。あーこいつ教え子に手を出したんだな。って、いちいち思い出すんじゃないか」 「ふーん。…まあ、それはそうか」 そんなの気にしないでいいのに、とか呑気に言える立場でもない。確かに、自分の周りに同じようなカップルがいて学生の方が先生、と呼んでたら。…学内では別に何の問題もないだろうけど、家族としては微妙かな。 ふむ。と納得しかけて考え込むわたしに、彼は調子に乗ってかさらに追い討ちをかけてきた。 「大体なぁ。お前の方は、自分のこと苗字じゃなく名前で呼べとか、あのときでも(言いながらちょっと耳が赤く染まった。どのときか、一瞬脳内でリアルな再現がなされたと見える)。…こっちはだから頑張って、なるべく『追浜』じゃなく『柚季』って呼ぼうとか、努力してるのに。自分の方は平然としてずっと先生呼びのままって、おかしくないか?平等じゃない、どう考えても」 「わかった、わかったから。…えーと、そしたら。何て呼べばいいの、先生のこと?っていうか。…下の名前」 何だっけ?と、わざと無邪気な顔つきを作ってきゅるん。と首を傾けてみせる。彼は当然そんなちゃちなごまかしにはまるで引っかからず、肩を落として大きくため息をついた。 「やっぱ、そうか。…追浜は知らないんだろうなぁと思った。俺のフルネームなんか…」 「知ってるよ。知ってたと思う、調べればちゃんと。…でも、そういうつもりでは見てなかったからさ。こうやって呼ぶ日が来ようとは」 てか、そんな未来が存在するとしても。それはずっと先のことだと思ってた。下の名前をちゃんと頭に入れておかないとと思ってはいても。こんないきなりの急展開になるとは、さすがに。予測もしてないから…。 「えっとね、確か。四文字の名前だったんじゃ?…たかひろ。よしふみ。…違うか。なんか、そういう感じの名前…」 「当てずっぽに言うな。…いいよ、もう」 村に入るよりやや手前。他に車の影ひとつもないがらんとした最後の大きな交差点の信号できゅっと車を停めて、どさくさに紛れてこっちに手を伸ばし、一瞬だけさっとわたしの頭を引き寄せて軽く唇に唇を重ねた。 「俺の名前はノリフミ。方則の則に文章の文、だから。…普段絶対それで呼べ、とか無理は言うつもりない。でも、ちゃんと覚えといて。俺たちもうこれで、家族になるわけだし」 わたしが事前に彼に予想してみせた通り。父はめちゃめちゃ彼に対して恐縮してみせ、下にも置かない丁寧な扱いに終始した。 平日だし前の日にいきなり連絡入れて、仕事始まる前でいいから少しだけ時間取ってもらえる?とか無理言ったわけだから。本当にただ官舎に通されてお茶を出してもらったくらい。
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