第25章 民俗学者は安楽椅子に座ってられない

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確かに。そういうとこうちの父って、人を疑うことを知らないというか。馬鹿正直だから。 「だから、思いきって柚季が村を出た本当の理由はあの双子と揉めたからなんだって伝えたよ。もちろん内容はめちゃめちゃぼやかしたけど…。二人が自分たちと付き合うようにと圧をかけてきて、セクハラめいた過激な接触もあって。村で一番の有力者だから誰も逆らえないしこのままだと抵抗できない、と密かに悩んで逃げてきたらしいんだって。あの二人はすごい悪気があるわけじゃなさそうなんだけど、これまで全てが自分たちの思い通りになってきたからか。相手の気持ちを考えて行動することがだいぶ苦手みたいなので」 そう説明すると、何となく思い当たる部分がなくもないのか。あー、と納得するように何度も頷いていたという。 「それを、あの人たちが悪いんです。とはっきり言えなかったし、セクハラされたと訴えるのも年頃の娘としては難しくて。村全体からの苛めみたいに説明しちゃったけど、実際は双子がもともとの原因なので。今回柚季がここに来たことは村の皆さんには秘密にしておいてください、どんな形で当主の耳に入るかわからないので。と念押ししといたよ」 今日を選んだのも、夜祭家で唯一今でも交流のある水底さんに相談して双子が村に不在の日をわざわざ教えてもらったんです。と付け加えると、本当に彼らが○×市に行ってるタイミングなのは知っていたらしい父は信憑性を感じたみたいで再び深々と頷いていた。 「なるほど。…男女関係のもつれだと、男親には訴えづらかったのかな。確かに村の中では逃げ場がなさそうな雰囲気ではありますね。それを夜祭のお嬢様だけは、実は承知していたってことなんですか…」 ふむふむ、と案外冷静にその事実を受け入れたのは、もう何年も前のことで既に過ぎ去った終わった話だってわかってるからなんだろう。無事に将来有望な結婚相手(父基準)を見つけてゲットもしたし。 「なるほど。…その様子ならうちの父経由でわたしが村に帰還したことが双子に伝わることは、まあなさそうだね」 安心して助手席でのびのびと手脚を伸ばす。 「そうだな。幸い、かなり朝早い時間帯だったからか特に誰か村の人と顔を合わせることもなく済んだし。あとは村から可能な限り急いで全力で遠ざかればいい。…そしたらこのまま○×市役所まで走るぞ。本人がいるから戸籍謄本、問題なく取得できるはず」 そう、全ての署名が記入されて完成したこの婚姻届。必要書類を今日中に揃えて、何とか無事に正式に窓口で受理されるよう。このあともまだ、気を引き締めていかなきゃ。 ○×市の何処かには、今日はまだ双子が滞在してるはずだ。そう考えると気は抜けない。市役所に立ち寄るだけとはいえ、そこで運悪く彼らに見つかって余計なトラブルになるのは避けたいので。念のためフードを深々と被って慎重に、でも手早く用件を済ますことにした。 幸い、平日昼間の役所の窓口は特別混み合ってる風でもなく。わたしはすんなりと謄本を取得するのに成功した。 「そしたら、一刻も早く◎◎県を出よう。隣の県に戻れば一旦は落ち着ける」 お前の生まれた場所でゆっくりできなくて申し訳ないけど。と辺りに慎重に目を配りながら駐車場から車を出す蒲生先生。 「正式に婚姻届受理されたら、今度はまた日を改めてお前のお母さんに挨拶に伺うから。そのときはきっと、双子も○×市には来てなくてちゃんと村に収まってるだろうしな」 「うん。いいよ、それで。事後報告で充分だと思う」 父と違ってうちの母はこの件に対してどういう反応をするか若干読みにくい。 大学の先生だから無条件にひれ伏す、ってタイプじゃなくて納得いかない場合にはどんな社会的地位のある相手でも果敢に挑んでいく性格だし。 でも、ちゃんと向き合って誠実に話せば理の通じない人ではないから。むしろ駆け足にでも一刻も早く報告することよりも、しっかり時間をかけて説明する方がいい相手だから、とりあえず今じゃない。ってことは確かだと思う。 だから今日に限っては一旦そこは割り切ってまずは今現在双子が滞在してるはずの危険区域、○×市を脱出して県境を越えることを優先。ひたすら車を安全地帯目指して走らせた。 急いだ甲斐あって昼前には◎◎県を抜けだし、大学のある隣の県に戻れた。そこから蒲生先生の本籍のある市の役所へと向かう。 「ごめんな、腹減っただろ。とりあえず届提出してから食事にしよう。何でもお前の好きなものでいいよ。何食べたいか考えとけ」 「大丈夫。わたしもちゃんと婚姻届正式に受理されてからじゃないと。やっぱり落ち着かないもん」 そんなやり取りをしながら車を走らせて、しばらくしてから市役所にたどり着いた。 そこで必要書類を提出し、受け取った窓口の人がその内容を検めて不備のないことを確認してから笑顔を浮かべておめでとうございます。とわたしたちに告げた瞬間、ようやくほっとして猛然とお腹が空いてきた。
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