第25章 民俗学者は安楽椅子に座ってられない

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一応お祝いだから何でも好きなものでいいよ。と言われて回転寿司食べたい。と正直に言って呆れられるまでがワンセット。 「もっとちゃんとしたものにすればいいのに。…本当にいいのか?回らないカウンターの寿司屋とか、せめて」 「だって。一旦頭に浮かんだらもう、その口になっちゃったんだよ。それに最近長いこと、回転寿司行ってなかったから…」 カウンターのお寿司屋さんだと、海老天とか炙りチーズサーモンとか微妙に邪道なネタないじゃん。そういうのが食べたいの、今。 「先生の年代だとわかんないけど。わたしなんかは、肩肘張らずに気楽に思う存分好きなもの食べられるから、高級なお寿司屋さんより回る寿司の方がいいって感覚もあるんだよ。デザートもポテトも唐揚げもあるしね。先生の年代だと違うのかもだけど」 「歳の差強調すんな。あんまり変わんないよ、そこはお前たち学生と。もっと上の年代だろ。ネタは全部時価、みたいなお高い寿司屋以外はまともな寿司にカウントしないみたいなのって」 そう言うけど、先生はわたしみたいに変なチーズ炙り寿司や肉っけや揚げ物のネタを頼んだりしなかった。光りものや普通の鮪とか貝とかばっかり選んでいたので、やっぱり大人ぶっている。 「…さて、と。そしたらこのあとはお前の部屋まで送っていくから。今日のところは自分の家でゆっくり休め。それでまた明日以降、改めてこれからどうするか考えよう」 同居するにしても俺の部屋にお前が越してくるのか、新しく二人で住む家を探すか考えて決めないとな。さすがにお前の部屋は狭いだろうしそのままそこで一緒に住むことはないだろうから、引っ越し視野に入れて今から少しずつ片付けておけよ。と告げられてえっと不満の声が思わず出てしまう。 「…何だ。自分の部屋にそのまま住みたい?まあ、学生向けのワンルームでも。頑張れば二人で住めないこともないか…。その場合俺の家、荷物置く用にそのまま借りといた方がいいかな」 「え、いえいえそうじゃなくて。今日は二人一緒にどっちかの家に帰るんじゃないの?」 無事入籍が済んで肩の荷が降りたせいか、さっきまでよりも何処かのんびりした様子でハンドルを捌いてる先生に対してわたしは助手席からやや身を乗り出して噛みついた。 「嘘でしょ、わたしたちほやほやの新婚だよ?入籍当日の今日くらい、一晩中離れないで一緒に過ごすもんだとばっかり。…せっかく先生と結婚できたのに。普通に何事もなかったみたいに別々の部屋に帰るなんて」 夢中で抗議しかけて、これじゃまるで昨夜のあれじゃ足りない。今夜もあの続きがしたい、って熱心に主張してるみたいに思われちゃうかな。と気がついて耳がぼっと赤く染まった。 いやまあ、それも完全にゼロとは言わないよ?でもそれより何より。あれからゆっくり落ち着いて、この幸せを二人でしみじみ噛みしめるほどの時間も持てなかったんだもん。 もう少し、この余韻に浸って彼の顔を見つめながら本当にわたしたち、結婚したんだなぁ。って喜びを実感したいじゃん。…なんて甘々なこと考えてるの。もしかして、わたしだけ? 今夜くらい、離れたくないのに。と頬を染めたまま俯いてぼそぼそと文句を言うわたしに、彼もつられてか耳を仄かに染めつつも真剣な顔で応じた。 「それは。…そうなんだけど。柚季がそう言ってくれるのは、嬉しいよ。俺だって一緒に過ごしたいのはやまやま、なんだけどさ…。でも、大した理由じゃないんだ実は。この車は実家から拝借してるんで。これから俺、返しに行かないと。だからお前を部屋の前で降ろしたら蜻蛉返りでまた隣の市に戻らなきゃならないんだよ」 父親の車で、土曜日には使う予定らしくてさ。こっちに置きっ放しにできないんだよ、この埋め合わせはまた明日するから。とさすがに済まなさそうに謝る蒲生先生。 「明日、改めて迎えに行くよ。だから今日のところはとりあえず自分の部屋に帰ってゆっくり休め。お前も疲れてるだろ、いろんなことが一度にあって。あ、鍵はしっかりかけて、誰が来ても基本的に開けるなよ。念のためしばらくは慎重になるに越したことないし」 「そっか。…ご実家に顔出すんですね、今から」 先生があれこれと注意してくるけどそっちの話題に完全に意識を取られてしまった。わたしは助手席で前屈み気味になってじっと考え込む。 「車置くだけじゃなくて。ご家族に声かけて行くの?てか、結婚したって話はする?」 「するよ。改めて相手はまたの機会に紹介するって言っとくから。柚季は気にしなくていい、俺からちゃんと話はつけておく」 「うん。…でも、わたし自身のことでもあるんだし」 しばし考え込んで、決意を固めた。顔を上げて隣に向き直り、きっぱりと宣言する。 「…決めた。わたしも一緒に行く。顔出して、挨拶するよ。頭しっかり下げて、断りもなく入籍して済みません。改めてまたご挨拶に伺いますので、どうかよろしくお願いしますって直接言う」 「え。…でも、大丈夫か。負担にならないか、そんなの?」 赤信号でブレーキをかけた先生がほぼ同時にやや焦った声を出した。
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