24. その先の景色 ※最終話

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「大変! どうしよう! 助けて、灯真! って、きっと思ったはずよ。死ぬって予期した瞬間に、私と伶のこととか、社会的なこととかいった複雑なことを考える余裕なんてなかったと思うの。でも、灯真君のことは頭に浮かんだに違いないわ。可哀想に……死ぬつもりなんて、なかったはずよ。絶対」  それは灯真も信じていた。純也が自ら命を絶つはずなど、絶対にありえないと。そして、言葉にせずともずっと詩織と同じことを考えていた。純也は死ぬ瞬間に、灯真に助けを求めただろうと。 「何があったのかしらね。彼女は知っているんでしょうね。どうして死んでしまったのか、の前に、どうして彼女に恋してしまったんだろう、っていうことが……私は残念」 「単に……若すぎたんだよ。気の迷い、だったんだと思う。落ち着いた幸せと激しく欲情するエネルギーって裏腹だから。誘惑されて、ふらふらっと、恋しちゃったんだろうな」  そう言いながら、灯真は自分自身のことを言い訳しているようで気まずくなった。 「結局さ、私と灯真君の両方から愛されても、まだ満たされないものがあったってことでしょ。若さだけじゃないような気がする。いつも誰かが必要だったのかもしれない。常にあなたが一番、って言われて安心したかったのかも……小さい頃から、ずっと我慢していたのよ。傷ついて穴だらけの心は、どんなに愛情を注いでも、満たされなかったんだと思う。可哀想な人。でも、私は、そんな純也が愛おしいの。彼女に恋してしまったこと、何も言わずに逝ってしまったこと、それもすべて私は(ゆる)せる。それが、誰よりも、純也を愛しているっていう私のプライドなのかもしれない」 「赦せて、いるの? あの女のことも赦せるのか?」  頷く詩織の表情は穏やかで、子どもたちを抱くときの母の愛に満ちた笑顔と同じだった。 「灯真君も、赦してあげて。純也のことも、彼女のことも。憎しみに心を囚われていては、幸せになれないわ。心を自由にするには、赦すしかないのよ。自由になって、幸せになろうよ。素敵な夫、かわいい子どもたちがいて私は幸せ。灯真君と一緒だから、子どもたちに十分な愛情と大好きな音楽の喜びを伝えられる。ありがとう。私と、結婚してくれて」  慈愛に満ちた言葉に灯真は心を打たれた。思わず立ち止まって詩織を抱き寄せた。自分たち以外に歩道を歩く者はいなかった。いたのかもしれないけれど、どうでもよかった。正面から抱きしめた。
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