1. 月夜の恋人 ~プロローグ~

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1. 月夜の恋人 ~プロローグ~

 灯真(とうま)には小さな恋人がいる。5歳になる義理の息子、伶だ。  毎晩「父さんと一緒に寝る」と欲せられ、寝るまでね、という約束で子ども部屋のシングルベッドで添い寝することになる。伶は灯真が義理の父親であるとは知らない。  今夜もまたご指名を受けた。幼い妹の世話に必死な母親よりも、伶は灯真に懐いている。  さっきまであどけない声で幼稚園での出来事を「あのね、それでね」と楽しそうに話していたのに、灯真が頷きながら脇腹をトントンと叩いてあげていたら、いつの間にか眠ってしまった。  消灯した部屋の中でも、カーテンの隙間から差し込む月明りだけで十分明るく、藍色の世界の中で幼子の愛らしい寝顔ははっきりと見える。  愛おしい子。誰よりも愛していた彼の子。彼を愛したように、この子を愛している。 「おやすみ」  寝ている子にそっと囁いて、頬にキスをした。唇には決してしない。  可愛いからといってファースト・キスを親のわがままで奪ってはいけない。妻にもよく言い聞かせている。  妻――そう、灯真は「結婚」している――彼が残した妻、と。  ふと自分の唇に手を当てた。  彼が恋しい。  狂おしいほど、愛していた。  もう一度、彼に会いたい。  叶わぬ夢を思う辛さと塞がることのない傷口を、この子は癒してくれる。  彼のミニチュアのような容姿、天使のような澄んだ声。どんな少年に、青年に育っていくのだろうか。溺愛という字の通り、溺れるほど愛している。この子の成長が楽しみでならない。  カーテンの隙間からは月明りが差し込んでいた。窓辺に立って、カーテンをわずかに開けて外を見た。  限りなく黒に近い濃紺の夜空に白く輝く月。灯真は遠い記憶のかなたへと引き戻されていく――18歳の夏の夜の思い出。  今夜もきれいな満月だ。伶は月にうさぎが住んでいると信じているが、灯真は伶の中に彼が生きていると信じている。  彼が残したこの子は、守り切ってみせる。  彼が思い描いていた幸せを、この子に与えてみせる。 彼とともに失った夢を、この子には叶えさせてみせる。  この子の中の、彼を愛しているから。
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