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「ごめんね。純也は病気みたいなもんなんだ。いつも誰かに愛されているって体で確認して安心したいんだと思う」
そう言ってから、灯真は自分が純也のことで謝るのもおかしいと思った。自分も詩織を悲しませている純也の共犯者なのに。
「わかってる。でも、灯真君が女にうつつを抜かす純也を許せるのとは、違うのよ。私には伶がいる。私が純也を失うとすれば、伶も父親を失うのよ。それだけは、嫌なの」
「そうだろうね。当然、だよ」
「灯真君、助けて。純也が本気にならないように、なんとかして。灯真君のいうことなら、純也は聞くと思うわ。灯真君は、純也にとって絶対的な人のはず。お願い。灯真君しか頼れない」
泣きじゃくる詩織が哀れに見えた。いつもの凛とした美しさとは対極の、弱弱しく、疲弊した様子に、灯真は自分の父を亡くした後の母を重ねた。
「……純也のやつ。何をやっているんだ」
言いながら、自分とのことは棚に上げているようで、決まりが悪かった。でも、女に純也を取られそうだと怯える詩織を励ますより外なかった。
「わかったよ。俺から言うから。心配しないで。純也は、しーちゃんと伶のことを誰よりも大切に思っているはずだよ。子どもの頃から愛され足りなくて、女に言い寄られると嬉しくてすぐになびいてしまうのは昔からさ。でも、家族がいる今は、もうそれは許されないよ。手遅れになる前に、止めさせよう」
ずるいようだが、自分とのことは触れなかった。認めてしまえば、詩織をもっと傷つけると思った。
詩織は涙を拭いながら「ありがとう」と顔をあげた。涙で顔に張り付いた髪を振り分ける左手の薬指には細いプラチナの指輪がはめられていた。ペアになった純也の指輪が存在するのかどうかさえ、灯真は知らなかった。改めて詩織の立場を想像すると、健気で切なく、同情するしかなかった。
詩織の目を盗んで、純也と逢瀬を重ねてきたことに対する罪悪感と、ふたりの特殊すぎる関係を受容してきた詩織の懐の深さに脱帽した。
自分ほど純也のすべてを受け入れて愛している者はいないと自負してきたが、詩織もまた同じ思いなのだと灯真は知った。
自分と詩織の両方から溺愛されている純也。
それなのに、いったいどこの女にうつつを抜かしているのだ。どうか詩織が懸念するように「本気」になっていませんようにと灯真は祈るばかりだった。
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