縁結びの傘

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縁結びの傘

 絶賛片思い中だ。  僕は普通の男子高校生。勉強の成績も、運動の能力も、顔も普通。親との関係は良好とまでいかなくても険悪ではない。  普通と言えば聞こえはいいけれど、僕は取り柄のない人だと自分で思う。  だからこそ、彼女の目に留まれる自信がない。  僕が思いを寄せている女性は、学年も名前もわからない一人の生徒だ。  流水の様な黒髪に、儚げな瞳。  大雨が降ったあの日。彼女は傘を忘れたのだろう、学校の玄関に腰かけていた。背中を丸め、頬杖をついて、ただぼんやりと雨粒を見つめて。  僕はそんな彼女を一目見て、完全に惚れてしまった。  話しかけたかった。「傘を貸しましょうか。」とか。そんな一言だけで良かった。彼女と言葉を交わしてみたかった。  しかし残念なことに、その日に限って僕は傘を忘れてしまった。そうなると、彼女にかける言葉なんてものは全く思いつかない。やがて僕は気まずくなってきてしまって、雨に濡れながら家へと駆けていった。  その後も度々彼女を見かけた。決まって雨の降っている日。……忘れん坊さんなのかもしれない。  僕はあの日から傘を毎日持ってくるようになっていたから、「傘を貸しましょうか。」あるいは……「一緒に入っていきませんか?」とか……とにかく、話しかけるチャンスはかなりあった。  でもいざ彼女を前にするとドキドキして、本当に話しかけていいのか不安になった。「もしかしたら、傘を持っている友達を待っているだけかもしれない。」そう考えられたのも事実だ。 「話しかける勇気が欲しいなぁ……。」  僕はため息を吐きながら帰路を辿っていた。その時、後ろからトントンと肩を叩かる。振り返ると、フケだらけのザンバラ髪をした老人がいた。  うげっ、変なのに絡まれた。  僕はそう思いながらも、「どうされましたか?」と笑顔を貼り付けた。老人は服もボロボロで、まだ夏なのに長袖を重ね着しているようだった。落窪んだ目からはこの上なく暗い印象を受ける。ホームレス……だろうか?  男は言った。 「望み通りの物を、君に与えよう。」 「望み通りの……物?」  男はどこからともなく傘を取り出す。どこにでもあるようなビニール傘。しかし醜悪な容姿をした老人が持っているが為に、相対的に綺麗に見えた。 「君が意中の相手に話しかけられない理由。それは、『当たって砕ける覚悟』と『相手が自分を好いてくれる自信』が欠けていることだ。」 「えっ、どうしてそれを!?」 「お見通しさ。さて、そこで提案があるんだ。この傘、ありふれたビニール傘のように見えるだろう?でもこれは、不思議な力を宿した貴重な傘なんだ。」 「へ、へぇ……!凄いなあ……!」  胡散臭い。しかし、強く当たった時のリスクを考えると苦笑いを浮かべざるを得なかった。 「この傘を使って相合傘をすると、その相手と両思いになることが出来るんだ。」  やっぱり胡散臭い。きっと馬鹿みたいな金額を提示して買わせようとしてくるのだろう……。 「今ならこれをタダであげよう。」 「タダ!?」  タダって、あのタダ? 「ああ、タダだ。無料とも言う。」 「えぇっ!?」 「先程も言ったが、君に足りないものは『当たって砕ける覚悟』と『相手が自分を好いてくれる自信』だ。しかしこの傘さえあれば、当たって砕けることはなく、確実に相手はお前を好いてくれる。絶対に、だ。」 「で、でも……どうして僕なんかに?」 「丁度、持ち主を探していた所なんだ。君にはピッタリだと思ったのだが……どうだ?」 「い……いただいてもよろしいんですか……!?おじいさんは、この傘をお使いにならないのですか!?」 「なぁに、気にすることはない。雨風なんて、ダンボールで簡単に防げてしまうからな。」  老人は、所々欠けたり抜けたりしている黄ばんだ歯を見せて笑った。僕の恋を応援するために、そんな優しい嘘を吐いてくれるなんて。 「ありがとうございます!!絶対に、この恋を成功させてみせます!!」  人の優しさを間近で見た僕は、泣きそうになりながら深々と礼をしてその場を去った。  少年を見送ったは呟いた。 「全く、人間は純粋(バカ)なものだ。確かにあの雨傘は、相合傘をすると両思いになることが出来る傘だ。しかしその代わり、傘が役目を終える(持ち主が相合傘をする)まで皮肉な品。つまり地球の運命は、今あの少年に託されていると言っても過言ではない。このままでは地球の草木は枯れ果て、生態系が崩れ……やがて崩壊の運命を辿るのだから。打開策はただ一つ。少年が相合傘をすること……だが。  雨の降らない世界で、彼は意中の相手に傘を差し出すことなんて出来るのか?……否、そんなはずは!」  雨を降らせられるといいね。  悪魔はそう言って、高らかに嗤った。
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