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「愛子さん、朝食が終わったら私の部屋に来てちょうだい」
そう言う千絵の顔はなんだか晴れやかだ。
今日は婚約パーティー当日。愛子は千絵の家での最後の食事をしていた。愛子は食べ終えると、食器を洗い千絵の部屋へと向かった。
「あら、早いわね。入って」
と促され入室すると、目の前に目を引かれる一着の洋服がかけられていた。
その生地は真珠の如く、白く艶めいている。カラー襟から滑らかなカーブで女性らしいラインを出している。一目みて高価なものであるとわかる。
「すごく、綺麗‥」
愛子も見惚れてしまう。
「この服はね絹からできているの。今日の晴れの日にピッタリでしょう」
「えっ、千絵さんっ。こんな高価なもの、いけません」
すぐに愛子が申し訳なさそうにする。
「愛子さん。こちらの洋服は、あなたの祖父母さまからのプレゼントなのよ」
「私の……祖父母?」
愛子はなんのことかすぐにはわからず呆ける。
「実はね、私はあなたの母親を知っているの。静と同じ女学校の出身地でね、仲が良かったのよ。愛子さんに会ったとき、あまりにも静に似ていて驚いたわ」
「ええ? 母を知っているんですか?」
驚きと同時に愛子の声が震えた。千絵は優しく頷く。
「静はもういないけど、愛子さんのご結婚をなんとしてでも身内の方にお知らせしたかった。だから、新聞にあなたの写真をのせてみたの」
あの作家・伊東晴彦との写真のことだった。
「そうしたらね、あちらから連絡をくれてね。愛子さんの婚約のことを話したら、服を贈りたいと申し出てくれたわ。とても喜んでいて、今日のパーティーにも顔を出したいって言ってくれたのよ」
まさか自分に身内がいたとは、愛子は信じられないという思いと、嬉しさで言葉が出ない。目にはじわじわと涙があふれだし、両手で顔を覆った。
千絵はそんな愛子の肩に優しく手を添える。
「だから、今日はこれを着ていきましょう?」
うんうん、と頷く愛子。
「千絵さんっ、ありがとう」
と精一杯声を絞り出し千絵に抱きついた。
「きっと幸せな1日になるわ」
千絵はそっと愛子の背中をなでてくれた。
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