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「正清さま、あと15分で始まります」
田代が壁掛け時計を気にしながら正清に伝えた。
「そうか、では挨拶にいくとするか」
そう言って正清は椅子から立ち上がった。
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緑豊かな園庭を眺められるこの特別室には、思い悩んでいる公卿がいた。
珠代から頼まれて無理やり開催するこのパーティー、はたして突き進めてよいのだろうか。
公卿は何かが合点しないことを薄々気がついていた。
コンコン
「公卿さま、こんにちは」
晴れやかな表情の正清が挨拶をする。その堂々とした態度は、自信に溢れている証でもあった。公卿に脅されてこのパーティーを開く者とはとても思えなかった。
そんな正清の姿を確認すると、明らかに動揺し目線を外した。その様子から、もう勝負はついた、と正清は悟る。
きっと公卿はすでに自らの過ちに気がついている。あえて、ここで追い詰める必要はなさそうだ。
「本日は私たちのために、仲人になってくださり大変嬉しく存じます」
「いや、まぁ。その、いいのか? このまま進めて……」
「もちろんでございます」
「……うむ」
中止するなら今だぞと言えず、なんともいえない顔をする公卿。
「それと、ここだけのお話ですが」
「な、なんだ」
「この度、新たに海運会社を設立致しました。有難いことに大手銀行からも融資のお話をたくさん頂き、嬉しい悲鳴をあげております」
つまり、融資には不自由はない。もし取引をしたいのなら公卿から頭を下げよ、ということだった。権力には権力で返し、公卿に頭を下げさせる。宣言通り、正清は見事にやってのけた。
公卿もそれを読み取り、返事をせずぐっと口を一文字に結んだ。
「では、本日はどうぞ宜しく頼みます」
正清はそう言って丁寧に頭を下げて退室した。
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「公卿さま、なかなかの厳しいお顔でしたね」
田代が小声で言ってきた。廊下を歩きながら、正清は満足げに言う。
「もう勝敗はついている。渡したボールをどうするかは、公卿が決めればいいさ」
もう正清には隙など一つもない。いや、新たに挑むものが出現しても勝てる自信さえあった。
その目は澄み切っていた。背筋を伸ばし颯爽と会場に向かった。
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