愛を手に入れて

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「愛子さん、こっちよ」 千絵のエスコートで会場に入る。四年前より招待されているお客様は多かった。愛子は緊張から胸のドキドキが収まらない 一方、自分が婚約するのだと疑わない珠代は、公卿寄りの華族たちに囲まれ余裕で雑談をかわしていた。そこには母の照子や進一の姿もあった。 時間となった。 中央の開き扉が開き、威風堂々と正清が入ってきた。たじろぐことなくまっすぐ歩み、会場の中央でピタリと足を止めた。そしてキリッと凛々しい顔を招待客に向けた。 「本日は私の婚約パーティーに足を運んでいただきありがとうございます」 みなが正清に注目した。これから紹介されると思い込んでいる珠代が「いよいよね」と髪型を直す。 すると、正清は折り畳まれたハンカチを高々と掲げだした。 「皆さんもご承知の通り、私は四年前、母親の形見であるこのハンカチを川に落とし、拾いにいったところで溺れてしまいました」 掲げたハンカチをみて愛子が驚きで口元を覆う。 (あれは隠していたはず。  なぜ正清さんが持っているの?) 予想外の正清の言動に愛子の心臓が早くなる。 「そして、今日、私を助けてくれた本当の命の恩人と結婚を宣言します」 美談好きの華族たちは、わあと盛り上がった。 正清は珠代とは正反対にいる愛子に向かって歩きだした。皆が「あれ?」と首をひねる。 周囲の反応など構わずに、正清は目に涙を溜めた愛子の前に立った。 「愛子。君が私を助けてくれた命の恩人なのだね。あの時、珠代さんに遠慮して名乗らずに引き下がった、そうですね?」 愛子の目から涙がはらはら流れる。そしてコクリと小さく頷いた。 「え?助けたのは珠代さんじゃないの?」 と招待客たちがざわつき始めた。 まさかの展開に珠代が般若の顔になっていた。 (ハンカチなんて知らない!  なんの茶番してんのよっ!) しかし、ここでふっと悪手が浮かんだ。 (そういうことなら、こちらだってその嘘に乗っかるわよ) 珠代の口の端がいやらしく上がる。 「正清さんっ。愛子に騙されていますわ!!」 招待客らは、今度は珠代のほうに一斉に向いた。 「そのハンカチは私が拾い、ずっと持っていました。でも、その話を愛子にしたら、なぜかハンカチが見当たらなくなりましたの。まさか、愛子が盗んでいたとは。正清さんを惑わして横取りを企てる、まさに愛子のやりそうなことだわ!!」 珠代がそれらしい嘘ストーリーを大声でまき散らした。招待客のほとんどは正清と珠代が結婚すると思っているためその話を信じてしまい、皆が愛子に汚いものを見る目を向ける。 「わ、私は盗んなどいませんっ」 流石の愛子も反論しよとしたが、正清が愛子をすっと手で制した。そして、愛子に「大丈夫ですから」とアイコンタクトを送った。正清は再び会場に目をやった。 「なるほど。では、珠代さんはこのハンカチを持っていたということですか?」 「そうよ」 「では、お尋ねします。このハンカチには母が好きだった花の刺繍が施されていますね。何の花でしたか?」 正清のこの質問は、このハンカチを持っていた者しか知りえない質問だった。会場の皆の視線が一気に珠代に集まる。 そんな視線を浴びせられ珠代はしどろもどろになる。 「は、花? でしたっけ? よ、四年前のことですから、あの、その」 (そんなの知らないわよっ!   でも、だいたいの夫人は薔薇(ばら)を好むから、きっとそうなんでしょう!) 「ば、薔薇だったと思いますわ」 珠代は自信ありげに見せるが、声が裏返ってしまっている。正清は一瞬キッと珠代を睨み、次に愛子に顔を向ける。 「愛子は知っていますね?」 愛子は正清を見つめ、こくりと頷き口を開く。 「ききょう、でございます」 愛子の答えを聞いて、正清は満足げに微笑んだ。
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