愛を手に入れて

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「では、皆さまにもお見せしましょうっ」 正清は勢いよく振り返り、再び高々と広げたハンカチを掲げた。そこには、愛子の申し出どおり、ききょうの花が刺繍されていた。 招待客の皆の目が丸くなる。 そして、 「おおおっっ、では、命の恩人は愛子さんなのか!!」 と皆が騒ぎ出した。 負けず嫌いな珠代は再び般若になる。考える前にすでに、悪口が口から出ていた。 「ちょっと待ちなさいよ! どうせ二人で口裏合わせしてたんでしょう? 白々しい茶番じゃないかっ! パーティーを台無しにして、責任をとりなさいよっっ!!!」 「珠代、そこまでにしなさい」 怒り狂う珠代を制する者がいた。それはなんと、あの公卿であった。一瞬で周囲の人々が静寂になる。そんな客人の中から、公卿は歩みを進め前にでた。 権力者・公卿に頼めば助けてもらえると思っている珠代が、公卿にすり寄った。 「公卿さま。また、あの二人が珠代をイジメてくるのですよ。どうか公卿さまのお力で懲らしめてやってください」 得意の泣き顔を作り公卿に迫った。しかし、公卿は掴まれた腕を丁寧に解いた。あれ?という表情の珠代。 「珠代。私は振り返ると、腑に落ちないことがある。あの日、愛子はずぶ濡れで私に正清の助けを求めてきた。しかし、助けたと言っていた珠代の着物は全く濡れてはいなかった。これがどういう意味か、もうわかるだろ? 愛子が正清を助けたのは明白じゃ」 言われてみればそうなのだ。というより、正しくいえば珠代は助けてはいない。川岸に横たわる正清を発見しただけだ。あの時も、とっさに悪知恵が働き美談にしてしまったのだった。それを招待客の前でばらされてしまった珠代。 「そ、そんな……」 唯一の味方である公卿が過ちを認めてしまったのだ。珠代の反撃する勢いが削がれ、へなへなと床にしゃがみ込んでしまった。隣にいた母・照子が心配そうに抱きかかえる。しかし、ここでも照子の性根の悪さが出てしまう。 「愛子っ、よくも子爵家を馬鹿にしてくれたわね? もう我慢ならない。こうなったらおまえを侮辱罪で訴えてやる!!」 照子の叫び声が響き、会場が凍り付く。しかし、その雰囲気をものともせず破るものがいた。 「お取り込み中、失礼するわ」 それは笑顔の千絵であった。ニコニコ笑顔を作りながら、会場にいる皆に伝えるように言い出した。 「愛子さんのおじい様とおばあ様が、いらっしゃいましたわ」 と貴族らしい様相の老夫婦がゆっくりと歩いてきた。その目にはすでに涙が流れている。たまらず、おばあ様は愛子の頬に手を添える。 「あなたが愛子さんね……。なんてことでしょう、静にそっくりだわ」 と言って愛子を抱きしめた。今度はおじい様が歩み寄る。 「すぐに探すことができなくてすまなかった。こうやって出会うことができて、私たちは幸せだ」 と目の端に滲んだ涙を拭いた。 「おじい様…、おばあ様……。会いに来てくれて、愛子は本当に本当に嬉しいです」 そうして3人で抱き合った。 会場の皆が呆然としている。すかさず、千絵が場を戻す。 「こちらは公爵瀬田さまでこざいます。愛子さんはれっきとした公爵家の人間。ちなみに、子爵の照子さんに遠慮して、静は公爵の身分を隠していたのですよ。なのに、その公爵家を訴えるなど、華族もずいぶん物騒になりましたね?」 嫌味たっぷりに照子を口撃した。 「し、静が公爵の人間……だった?」 静の秘密を知ることになり、珠代に続いて照子も見事に撃沈されてしまった。 腑抜けになった二人を進一があたふたしながら世話するのだった。 「改めて、正清と愛子には頭を下げなければならん。すまなかった」 と今度は公卿が深々と頭を垂れてきた。正清は頭を振った。 「公卿さま、もう全て過去のことです。私たちはすでに前を向いております。できればこのパーティーを最後までやりたいのです。お付き合いねがえますか?」 「もちろんだ。こちらこそ、ありがとう」 公卿も苦笑いだった。 こうして、紆余曲折しながら無事に二人の婚約が成立するのであった。
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