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恋のはじまり
上級階級の集まる社交では、みなの憧れだった夏目正清さま。
素敵な方だと密かにお慕い申し上げておりました。
桜が咲きだしたばかりの春先、正清さまが留学にご出立される前のこと。
神田の屋敷で園遊会がありました。私は異母姉である白崎珠代の荷物持ちとしてまいりましたが、会場には入ることは許されず、園庭の端にあるほとりで川を眺めておりました。
その時、つまらなそうな表情で一人静かにほとりにやって来た正清さま。突然の憧れの人の登場で私は動くことができません。正清さまが川で足をとられ、おぼれてしまった時、私は無我夢中で助けにまいりました。なんとか必死に岸まで運びました。意識はなかったけど、息をしている正清さまを見て、ほっと胸をなでおろしました。
体が冷えていたので早く助けを呼ばなくてはと、その場を離れました。たまたまお外に出られていた公卿さまがおり、声をかけて正清さまのもとまで一緒にまいりました。
しかしその直前に、珠代が川岸で横たわっている正清さまを発見し、自分こそが命の恩人と名乗り出ておりました。助けたのは私なのに、と胸が苦しくなりました。でも、言い出すことはしませんでした。
珠代は子爵 白﨑家のお嬢様。
私は妾の子。
自分こそが正清さまを助けたのです、などと名乗り出たところで、誰が信じるでしょうか。私はすっと身を引きました。
私と正清さまは、身分が違いすぎると自分に言い聞かせたのです。
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