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愛子は早速、居間で珠代の着物のほつれをチェックする。保管には気を付けていたので虫食いなどは見当たらない。愛子はほっと一安心した。
「愛子、手ぬぐいを取っておくれ」
縁側から愛子に声をかけたのは、同じく白崎家の養子となった、早川慶次だ。凛々しい顔つきに外仕事で身についた筋肉とほどよい日焼けで、さらに男前度を上げている。
「慶次さん、すごい汗ね。ちょっと待って」
愛子はたたんであった洗濯物から、手ぬぐいを拾うと、慶次に手渡した。シャツ一枚で汗だくになっている。
「慶次さん、小屋は直りそう?」
「あれは壊して一から作り直したほうが早い。もう製図も作ったんだ」
そういって手拭いをシャツに入れ、まるめた製図をシャーっと開いた。建物の見取り図に合わせて、数字がびっしりと書き込まれている。初めて製図をみた愛子は目を見張る。
「す、すごいわ。これを慶次さんが作ったの?」
「難しいことはない。物作りが好きで計算が得意な奴なら、楽しいお絵描きだよ」
慶次は尋常学校でも成績が飛びぬけてよく、専門学校へと進学した。しかし一族が没落してしまい路頭に迷った時に、白崎の先代に拾ってもらった。もちろん、慶次のその才能に惚れ、白崎家を立て直すことを期待し養子として迎えたのだ。
「立派な小屋ができそうね。でも……」
愛子がちらっと慶次を覗く。
慶次も半笑いで口を開く。
「「先立つものがない」」
2人は肩を落とす。
「うちは子爵とはいえ、本当にお金がない。商家の方がよっぽど豊かだ。そろそろ白崎も変わっていかないといけないな」
白崎家は由緒正しい武家家系であったが、求心力と人望があった先代が亡くなると一気に衰えていった。そして後を継いだのが、息子の進一だった。残念だが進一には先代のような能力はなく、なんとか公卿さまに頼み込み下官士となった男だ。
その時、2人の後ろから芯のない男の声がした。
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