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その日、お昼の弁当を買いに出た時だった。衝突音が響いた直後にガラスが砕け散る音。
通行人と同じく夏希が振り返ると、ドラッグストアに軽自動車が突っ込んでいた。
運転手はどうにか自分で車から這い出るくらいには元気そうだ。が、運悪くそこに客がいた。3人が跳ね飛ばされて突っ伏している。
夏希は駆け寄り、次々と脈と傷の具合を診た。
「この先に私の勤め先の病院があります! 運ぶので手伝ってください!」
傍にいた数人が彼らを抱え、夏希の車の後部座席へ。
「センセ、休憩時間でしょ、何仕事取ってきてんすか」
昴がストレッチャーと共に飛び出してきた。憎まれ口とセットだが、必要な作業は手速い。
「こいつ、でかい図体だなあ。それに、すげー指輪」
夏希の、手術着を着る手が止まった。
――指輪? でかい、図体?
右手小指に、菫色の、細工のほぼない四角い指輪があった。
捜せど捜せど、幻のようにすり抜けていった人。ずっと会えずじまいだったあの人が。今ここに? この人が、あの人?
と、男が小さくつぶやいた。
「オレは……いい。そっちの人を先に――」
この人だ。夏希は確信した。
夏希と昴は手早く2人を処置し、その男のところへ戻った。
「しっかりしてください。私を覚えていますか? あなたが昔、爆発寸前の車から助けてくれたんです。だから今度は私があなたを」
男の目が大きく開き、夏希を凝視した。
「……まさか。30年近く前の……?」
「そう。私、ずっとあなたを捜していました。必ず恩返ししようと」
男が目をそらした。そして、夏希の手を払った。
「バカだな。そんなこと、必要なかった――」
男の声は、小さく消え入りそうになる。でも、夏希は続きを聞き取った。ハッキリと。
「――あのときあんたの母親を殺したのは、オレなんだから」
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