菫色のネガ

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夏希と同時に昴も息をのんだ。 「小銭稼ぎに芸能ネタの写真を週刊誌に売ってたんだ。あんたの父親は好感度の高い大物俳優だ。あの結婚式は非公開だったが、不倫から昇格した相手の顔写真なら高く売れる。だからその女を追い回した。そこから逃げようとあんたの母親はスピードを出し過ぎて――」 何を言っているの、この人は。 「――あの俳優のネタは金になったんだよ、当時な」 夏希の手が、動かなくなった。 ――恩人だった。夏希の命を救うために怪我を負った。その人に恩返ししたいと思うことが、前を向く力になった。 ――仇だった? そんな人を、助けるの? 夏希の手は、鉛と化したようだった。重たく冷んやりした固まり。 「いいんだ。だから、助けなくていい」 絞り出すようにそう言った男の手を、その指輪のついた腕を、夏希はつかんだ。鉛に、勝った。 「……嫌よ」 夏希は猛烈な勢いで処置を再開した。その手はいつもの夏希の倍速で動いた。昴が慌ててアシストする。 「私は医者よ。医者が患者を助けないわけないでしょ。見くびらないで」 昴が絶妙のタイミングで器具を渡す。施術はこれまでで最もスムーズに進む。 全てを終えると夏希は顔を上げたまま部屋を出た。 が、処置室を出た途端、夏希はドア沿いに崩れ、座り込んだ。何も、考えたくなかった。
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