菫色のネガ

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自分が追いかけていた人は、母を追いかけていた。その人は夏希の恩人ではなく、母の仇だった。そのことだけが夏希の頭の中をぐるぐる回り続けた。 それから3日間、当直室に居続けた。でもベッドに横になっても、目を閉じても、全く眠りは訪れなかった。そんな中で、いつしか1つの決意が固まっていた。 遠くでドアが開く音。ゆっくりで不規則な足音。 そうね、もう歩けるでしょうね。そしてあなたは出て行くでしょう、今日あたり。 夏希はゆっくりと立ち上がった。 裏口を出たすぐの木立から回って、正面口が見える位置で待った。その人は足を引きずりながら出てきた。そして、メスを構えた夏希が姿を現しても、表情を変えなかった。 「医者だから、俺を殺さないんじゃなかったのか」 「ここは病院の外。あなたはもう患者じゃない――だから」 夏希が男に飛び掛かろうとした、そのとき。 後ろから腰にタックルが入った。夏希は勢いあまって倒れ、メスは石畳に音を立てて飛んだ。 「誰っ?」 影しか見えない。でも声は明瞭に響いた。 「行けよオッサン!」 昴の声。 が、男は動かなかった。微笑みすらして夏希を見つめる。 「殺せよ。それでいい。それでいいんだ」 そうだとも。そうするしかない。そうしなきゃいけない―― 夏希の手が、落ちたメスへと伸びる。
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