菫色のネガ

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母は、いわゆるシングルマザーだった。 「あれが夏希のお父さん。でも誰にも言っちゃダメよ」 母は映像でその人気俳優を見るたびそう言った。でも彼はおしどり夫婦と名高い妻子持ちで、だから外に娘がいるなんて世間には内緒だった。 「言うわけないでしょ。私、会えもしない男を父親だなんて思ってないから」 可哀想がられたり、母を困らせるわがまま言ったりなんて絶対に嫌だ。中学生といえど、夏希には夏希のプライドがあるのだ。 それでもすったもんだの挙げ句、ようやく離婚が成立。母は彼と結婚できることとなった。もう隠れる必要もない、そう笑っていたその朝。 夏希も大人びたパーティドレスを買ってもらい、母子ともども浮かれていた。まるで子ども向けアニメのように平和だった。 意識が戻って病院の白い天井が見えた時、何も言われずとも夏希はわかった。 母は、死んだ。自分だけ、生き残った。
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