菫色のネガ

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父の仕事の拠点は海外に移った。夏希も呼ばれたが、母のいない今となっては行く気がしない。長年テレビ越しでしか知らなかった人は、父という実感には乏しかった。父もそうだったのだろう。それ以上誘ってはこなかった。花束だけが毎日病院に届いた。 「でも私のこと忘れたら、母との長年の不倫関係をマスコミにばらしますよ」 そう釘は刺していた。この年で一人で生きて行くには、そのくらいのハッタリをかますしかない。 父は前妻と離婚後に母と出会った。夏希はその連れ子―― 表向きはそういうストーリーだったから、真実は夏希しか知らない。父は言いなりに大金を払ってきて、生活費の心配はなくなった。 そんな父は、背が高くイケメンではあるが、腕も足も線が細い。――だから、違う。 父じゃなく、救助隊でもない。あのとき夏希を引っ張り出してくれたのは。  心当たりは全くなかった。
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