菫色のネガ

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皆が「よかった」と言ってくれた。そう思っていないのは夏希だけで、助けてくれたその人に感謝の念は湧かなかった。 1人だけ残されて、むしろ呪った。そんな人のことを看護師に聞かれても。 「ねえ夏希ちゃん。あの日一緒に運ばれてきた男の人、知り合いよね?」 「……大柄の? 力持ちそうな?」 「そうそう」 「応急処置受けただけで帰っちゃったのよ。足の怪我、結構ひどかったんだけど」 「全然知らない人だよ」 「そうなの。じゃあどうして助けてくれたのかしらね」 何で何でどうして。なぜ自分だけこんな目に。そればかりで占められていた夏希の頭に、初めて「その人はどこの誰でなぜ?」という疑問が割り込んだ。 何もかもがどうでもいい気分だったけど、それだけは知りたいと思った。そうしたらじっと寝てられなくなり、受付窓口へ駆けつけていた――まだ思うように動かない足のリハビリを兼ねてノロノロとだけど。 「保険証がないと言うから一旦10割いただいて、次回持ってきてくださったら差額をお返しすることになっていたのだけど」 でも、その日以来全く来ないという。 事務方が電話をかけたら通じなかった。住所もデタラメ、おそらく名前も偽名。 傷が治り始め、食べ物が普通食になり、歩くのに不自由もなくなってくるに従って、夏希のその人への疑問は募っていった。 だって他に何もない。夏希が興味を持てることは他に何も。
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