菫色のネガ

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退院し、しばらくぶりに家へ帰ったら、そこは母の匂いに満ちていた。それらに潰されないために、夏希はあれこれ思い出させるものをひたすら押入に押し込んだ。 一応のキリがつくと、あの事故現場の近所を聞き込みに出た。何日も足を棒にして聞いた結果、得た有力情報はたった一つ。 「男の人が、片足を引きずりながら花を添えてたわよ」 「い、いつですか?」 「何度か。最後に来たのは昨日よ」 昨日。もっと早く来れば良かったと後悔した。部屋の片づけなんか後回しにして。 毎日散歩で通るというその女性が言うには、彼は大柄で力持ちそうで腕も指も太かった。その右手小指に、大きな四角い菫色の石の指輪があったと。 「あれ、たぶんアメシストよ。あまり研磨もされてない原石に近い感じで。私、宝石好きだから、まじまじ見ちゃったの。ああいうの似合う男、なかなかいないし」 菫色の指輪の人。 それから毎日その辺りをウロウロしたけれど、その人は現れなかった。 それでもとにかく一歩近づいた。そう思った。
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