菫色のネガ

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夏希は医大に一発合格。もちろん父に入学金を出させた。稼げるようになったら全額耳を揃えて突っ返してやるつもりだ。 何のつもりか、昴も同じ大学同じ医学部に2年遅れで入って来た。逆恨みの嫌がらせにしてもしつこい。 「あのクソ親父を脅すなんて尊敬に値する。負けらんねえ」などと言うのだ。そのクソ親父のすねかじりのくせに。まあそいつにせびる夏希も人のこと言えないけど。 医大での忙しい日々の合間にもあの人を探し続けた。 でも、菫色の指輪。足を引きずる。頑健な男性。そんな乏しい手がかりだけで追うことに、限界を感じ始めた頃。 「それ、動物写真家の人じゃないかしら」 時計修理の店に行き当たった。数年前、指輪の留め金を直したいと男性が来たという。菫色の宝石の。 「でもうちはそういうの扱ってなくて断っちゃって。その人、店を出た後、電線の雀を見上げてた。手をね、大きな何かを構えるみたいな不思議なカッコして」 その時計屋の仲良しの古本屋がその不思議を解いた。たぶんその人のだろう写真集があると。著者紹介に『撮影先の海外で住人と仲良くなり、その地で採れたアメシストをもらった。記念に原石のまま指輪にした』と書かれていたと。 果たしてその古本屋に写真集はまだあった。相当古びてはいたが、それには美しいだけではない鳥たちの生命力が閉じ込められていた。ページをめくるたび、鮮やかに飛び出して来そうな勢いを感じた。 が、表紙や奥付にある名前は「K.H」とだけ。その動物写真家はイニシャルで活動している? 夏希はその出版社に電話してみた。が、通じなかった。数年前に倒産したとのことだった。 それでもまた、一歩近づいた。
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